ハラスメントとは一種の依存行為

 

 2018年の報道では、Aさんが在学中に受けたさまざまなハラスメントの中から、W元教授によるセクシュアル・ハラスメントが前面に取り上げられました。W氏は大学から解任されましたが、一方で「俺の女」というインパクトのある表現ばかりがメディアで注目され、その背景にあったAさんへの継続的なハラスメント行為や、囲い込みがなされていく過程にはあまり目を向けられないままになってしまいました。

 W氏は、報道直後から一貫して自身の過ちを“一時の感情表現の誤り”というレベルの問題として捉えています。「たった一度間違えただけ」というのは加害者によく見られる典型的な言い分の一つですが、ジャーナリストの白河桃子氏は、セクハラのあるところには必ずパワハラがあるのであって、一度の失言が命取りになって即刻クビになってしまうというケースはほぼ皆無だと指摘しています。ひとつひとつの単位ではそこまで重大ではない「何気ない言動」に思えても、何度も繰り返し、長い間行うことで、耐え難い「ハラスメント」に変わり得るのです(*1)。

 ハラスメントは一種の依存行為です。加害者にとってそれはあまりにも日常的に繰り返し行っている当たり前の行動であり、ほとんど無意識の依存行為として固定化されていて、既に認知が歪んでいるため、自分がやっているのは間違った振舞いだと認識することができなくなっているのです。ハラスメントは、単なる八つ当たりや誰でもがしてしまう単発的感情の爆発とは異なります。その関係性において密かに陰湿に繰り返される、反復性と連続性を持ったものです。問題はその自覚のなさにあるのであり、加害者自らがその行為に依存しているという自覚を持たなければやめることはできません(*2)。

 また、加害者本人に自覚がない以上、加害者自身が自発的に加害行動をやめることは難しく、取り返しのつかない事態となる前に、被害者や周囲の人たちはいち早く危険を察知して、被害者がその場から逃げられるようにすることが大切です。そのためには、あきらかにハラスメントだとわかる明確な行為だけでなく、それだけでは咎めるほどではないように思えるけれど心に引っ掛かりを覚えてしまう小さな出来事にも目を向け、支配・被支配関係がどのように構築されていくのか、過去の事例を丁寧に検証して学んでおく必要があります。

 これからわたしたちがハラスメントの分析を行っていく手がかりとして、2015年秋にAさんが大学院の入試を受けてから、2017年4月W氏に「俺の女にしてやる」という暴言を吐かれるまでに至る経緯を、大まかに説明していきます。

 

 


  
Aさんのケース

 

① 2015年9月受験

 Aさんは小説家であるH教授のもとで創作を学びたいという希望を抱き、早稲田大学の現代文芸コースを受験した。けれどもAさんは、H教授ではなく文芸批評家のW元教授(以下、W氏)のゼミに入れられることになった。なぜ創作を希望している自分が批評中心のWゼミに所属することになるのかAさんには不可解で、そもそも受験の際に提出した研究計画書には「村上春樹およびC・G・ユング派の河合隼雄らの思想に基づいて創作を行う」旨を記載しており、自分の研究意図と対立する立場で長年評論活動を行っているW氏が指導教員につくことの意味合いがAさんにはわからなかった。しかしW氏は「俺以外はみんなお前の入学に反対していた」「俺のおかげでお前は合格できたんだ」と説明し、Aさんは希望のH教授のゼミに入れなかったことは自分の能力不足のせいであり、それどころか不合格となるところをW氏が救ってくれたのだと信じた(※後日、このW氏の発言は虚偽であったことが発覚した)。それからAさんはW氏の指示に従い、入学前から彼の授業4コマと彼の弟子にあたる教員の授業のほか、もともとの希望であったHゼミも聴講するなど週5日ほど学校に通うようになった。

②2015年9月・10月 聴講における罵倒

 Aさんの予期していたとおり、W氏は授業中に村上春樹をバカにし、「死ね」などの過激な表現で誹謗する発言を頻繁にしたが、村上春樹批判はW氏の十八番であると知っていたAさんは、ある程度は仕方ないと聞き流すよう努めた。しかし黙って聞いていると罵倒の対象は次第に広がっていき、C・G・ユングおよびユングの思想を支持する者をも「ユング派にはバカしかいない」とこき下ろすようになった。ユングに関しては、その代表的な思想の一つである集合的無意識に対する批判も伴ってはいたが、河合隼雄については具体的説明もなくただ「バカ」「最低レベル」と貶め、W氏は村上春樹・ユング・河合隼雄の3名を「魔のトライアングル」と呼んだ。週4コマの授業において繰り返し「村上春樹・河合隼雄・ユングを好きな奴は知能が低い」と自分に向けられているとしか思えない批判を聞かされ続けたAさんは、一時は落ち込んで授業に行くこともできなくなり、自分の希望する研究をこのコースでできるのかと不安に苛まれて、知人の心理療法士に相談し始めた。
 だが、河合隼雄がなぜ説明もなく嘲笑の対象とされるのかどうしても納得がいかなかったAさんは、10月29日W氏の研究室に質問しにいった。するとW氏は授業中の態度と打ってかわって丁寧に答えたため、「この人は授業中はパフォーマンス的に罵詈雑言を吐くが、個人的に話せば真摯に答えてくれるのかもしれない」とAさんは考え、それから度々W氏のもとへ質問をしに行くようになった。話が長引いたときはW氏に促されて学校の近くの飲食店に移動し、ノートを取りながら食事をすることもよくあった。なお、W氏が河合隼雄の著書を読んだこともないと話すのを、この頃Aさんは直接聞いている。
 それからW氏のアカハラ・パワハラはやや軟化したものの、セクハラの頻度と内容がひどくなっていった。後に、大学当局も調査によって以下のセクハラがあった事実を認定している。ハラスメントによる支配と被支配の関係は一段階進むことになる。

③ 2015年12月 満員電車での接触

 Wゼミの一環として学外のイベントに各自参加することになった。Aさんが学校から移動し電車に乗って発車を待っていると、通りかかってAさんを見つけたW氏は同じ車両に乗車してきてAさんの傍に立った。その結果、満員電車でずっと密着することとなり、Aさんは不快だったが我慢した。そのイベントには入場料がかかったが、学生の中でなぜかAさんの分だけW氏が払い、他の学生は自分で払っていた。

④ 2015年12月 飲み会での接触

 Aさんは現代文芸コースの学会及び、そのあとの飲み会に参加した。学生と教員は別々に着席し、Aさんも先輩たちに混じって話をしていたところ、いきなりW氏がAさんの左隣に割り込んできて、もともとそこに座っていた先輩は追い払われた。W氏はひどく酔っ払っている様子で、Aさんの頭や肩を触ってきた。このときからAさんはW氏の“スキンシップ”に気持ち悪さを覚え、誰にも言うことができず、日記にその嫌悪感を吐き出していくようになった。

⑤ 2016年1月 個人情報の暴露

 学内で修論審査の打ち上げが行なわれている最中、W氏はAさんと先輩1名だけを、学校近くの居酒屋に連れ出した。当時、Wゼミにはもう一人別の学生も所属していたが、その学生は呼ばれず、まだ正規の学生ではない自分が呼ばれたことに戸惑い、Aさんが居心地悪さを感じていると、W氏は仲間外れにした学生の論文が不出来であったと愚痴り、やがて話はその学生の悪口や個人的事情にまで及んだ。聞くに耐えずAさんがその学生を庇うと、W氏の攻撃の矛先はAさんへと向い、Aさんのプライベートなことを話題にし始めた。Aさんは強いショックを受け、涙を堪えきれずにトイレに行って気を鎮めた。
 席に戻ってから、AさんがW氏に「先生はあまりに主観でものを言いすぎているんじゃないでしょうか」と抗議した。途端にW氏は激昂し、同席していた先輩がなんとかなだめた。怒らせると怖いということを身にしみて感じたAさんは、その後はW氏の機嫌を損ねないよう無難に話をするしかなくなった。支配・被支配の関係は一段と強化された。

⑥ 2016年1月 電話の要求

 W氏からAさん宛に「春休み期間にかんして連絡したきことあり。090-〇〇-〇〇に電話ください。」とメールがきた。Aさんは激昂したW氏の記憶が強く残っていて、夜分の電話をするのは気が進まなかったが、以前から電話に出られないでいると「なんで出ないんだ」と責められることがあったので、仕方なく電話をかけた。

⑦ 2016年4月 TAの指名

 Aさんは4月に正式に入学。早々に助手からメールがあり、「W先生から〇〇さんに授業TAを任せたいと伺いましたので、・・・・お願いしたい」と依頼がきた。このときAさんは引き受けたが、秋学期にも同様の依頼が来た際は断った。するとその後会った際W氏は「お前なんでやらないんだ? ゼミ生は指導教員のTAを率先してやらなきゃいけないものなんだ」と叱責した。しかし、WゼミにはAさんの他にもう一人学生がいたのにもかかわらず、W氏はその学生ではなく他のゼミの女子学生に声をかけていた。

⑧ 2016年春学期 上着を脱ぐように指示

 ゼミの授業中、W氏はAさんが雨に濡れた上着を着ているのを見ると、Aさんに上着を脱いで隣の男子学生の服を借りるよう指示してきた。いきなり授業が中断されてしまい、全受講生の視線を集めている中、Aさんと男子学生が戸惑っていると、W氏は早く着替えるよう催促した。講義を中断して黙ったままAさんが上着を脱ぐのを待って、W氏は「(上着の下が)裸だったらどうしようかと思った」と笑った。Aさんはゼミ受講者全員の前で自分の裸体を想起させるような発言をされて羞恥心にかられた。

⑨2016年〜2017年 継続的なセクハラ

 W氏からのセクハラは継続的に続いた。エレベーター内でうしろから背中を指で押したり、足元を凝視してきたりする他、食事の際に自分の手をつけたものを無理やり食べさせてくる、逆にAさんの食べているものに手をつける、「お前はかわいいなあ」と言ってくる、といった行為である。あからさまなW氏のその態度を同級生が心配することもあった。しかし、Aさんは⑤でW氏に意見して激昂されたときの恐怖心が身に染みついており、今更②の聴講開始時のようなパワハラ・アカハラに逆戻りすると精神的に持ち堪えられないだろうと感じていたため、セクハラをされても次第に何も文句を言わなくなっていった。なお、修士1年次、AさんはWゼミで一度も発表を命じられなかったのにもかかわらず成績はAかA+だった。

⑩ 2017年4月13日 深夜2時までの付き添い

 4月、Aさんは修士2年となった。初回のゼミのあと、W氏はゼミ受講生全員を引き連れて学校の前のファミレスへ移動した。ほとんどの学生は終電に間に合うよう24時前に帰ったが、自転車通学のAさんは深夜2時まで付き合わされた。

⑪ 2017年4月20日 「俺の女にしてやる」

 Aさんは修士論文計画書の提出を目前に控えていた。受験時から一貫して〈創作〉を希望し、小説家であるH教授の講義を聴講したことをきっかけに〈創作〉の指導も受け、学外では活発な創作活動を行っていたAさんだったが、Aさんが所属させられたWゼミでは〈創作〉としての修論提出を認められない。自分が学んでやってきたことをせっかくの修論に書けないのなら大学院にきた意味がなくなると悩みながらも、Aさんは自力で模索し何とかこのとき修論に取りかかっていたのだが、それはW氏の意向に沿うような形式や内容ではなかったことから、W氏にはまだ見せていなかった。そんな折、偶然Aさんの詩が学外の雑誌に掲載されているのを知ったW氏は、4月20日6限ゼミ終了後の20時前、友人と帰りかけていたAさんを大声で呼び戻し、「お前の詩を見てやる」と言ってAさん1人だけを研究室に連れていった。Aさんは、専門外のW氏による詩の講評に経験上あまり信頼を置いていなかったが、もしかしたらこれをきっかけに詩という〈創作〉での修論提出についてW氏が軟化するのではないかとの希望も抱き、同行した。だが、W氏はAさんの詩に対してほとんど指導もしないまま、「近くにうまい日本料理店があるから」といって外に連れ出されることとなった。その夜、本来ならばAさんは先輩の主催する読書会に参加する予定だったので、急遽W氏との面談が入ってしまった旨を先輩にメールした。歩いている途中、W氏はAさんに何度も顔や体を近づけてきたが、自転車を押していたAさんは避けることができなかった。
 結局、W氏のいう日本料理店は見つからず、W氏が提案してイタリアン・レストランに入り、2階席に着いた。控えめな照明の店で、それまで連れてこられたことのある居酒屋やファミリーレストランとは雰囲気が違った。Aさんは翌日までにやらなくてはいけない宿題もあったため、指導がないのなら早く帰りたかったのだが、W氏は無関係な雑談をするばかりだった。W氏はAさんが着ていた服を「小学生みたいだ」とからかい、「入学する前、お前は人間以下だった」「今は小学生くらいには成長した」と言った。卒業後の進路について尋ねられて就職活動はしていないと答えたAさんに対し、W氏は「心配するな」「卒業したら女として扱ってやる」「俺の女にしてやる」と言った。Aさんは唖然としたが、まもなくラストオーダーの時間となり席を立った。階段を降りる際、背後からW氏に体を摺り寄せられて「言っちゃった」と囁かれたことでAさんは決定的な身の危険を感じ、急いで自転車に乗って逃げた。Aさんは読書会の先輩たちに連絡をとり、彼らのいるファミレスへ向かった。W氏に言われた言葉を先輩たちに話すと、そのうちの1人は「Wがあの店で女子学生を口説くという噂は本当だったんだ」と呟いた。
 4日後、W氏から電話がかかってきたがAさんは出なかった。

 

 


 

支配の最終段階としてのセクハラ

 

 モラル・ハラスメント概念の提唱者である精神科医マリー=フランス・イルゴイエンヌは、セクシュアル・ハラスメントとはモラル・ハラスメントが一歩進んだものであると位置づけ、それは単に相手から性的な利益を引きだそうとするというだけの問題ではなく、権力を見せつけることや、相手を性的な〈モノ〉として見なすこと、相手を〈所有〉することを目的にしていると指摘しています(*3)。

 さらに、沼崎一郎著『キャンパス・セクシュアル・ハラスメント』は、加害者教員は様々な手段を駆使して相手をトータルに支配しようとするのであって、性的服従の強制とは暴力的支配の総仕上げ、すなわち、「性的にまで従わせることができる」という支配力の絶対性を証明することが加害者教員の真の動機であるとみなし、加害者教員による言葉の暴力から性的支配にいたるまでの過程を5つに分けて説明しています(*4)。

 ここではその5つの分類を参考に、Aさんのケースで支配・被支配関係がどのように構築されていったのかを検証します。


(a)性的でない言葉の暴力

・まず、加害者は被害者が反抗できないよう無力化する。たとえば学生に対して「バカ」「能無し」などと罵倒したり、「何度言ったら分かるんだ」などと怒鳴る。あるいは、「君は〇〇には向かないから他の職を探した方がいい」「そんなつまらない研究はやめろ」などと学生の意思を無視し軽蔑した態度をとる。そのように自尊心を傷つけられ、自信を喪失した学生は強い無力感を覚え、アイデンティティーの拠り所を失い、批判能力を奪われ、何が正しくて何が間違っているのかわからなくなる。なお、学生からすれば指導との区別がつきにくく、加害者の言うことが正しいと思い込んでしまう。
→Aさんのケース①②がこれに該当。

・また、加害者はちょっとした嫌味や皮肉、ほのめかしや当てこすり、曖昧な表現を用いることも多い(*5)。この場合、はっきりした言葉で表現されないだけに、被害者は加害者の真意がつかめず、「自分はただ大袈裟に感じているだけではないか?」と不安に陥り、ひとつひとつの動作がすべて非難のようにも思えてくる。このように歪んだ形で言葉が使われると、被害者が加害者に苦しみを訴えたとしても、加害者は「そんな事実はない」「君の思い違いだ」「そんな意味ではなかった」と言い逃れができるため、そう感じてしまった被害者側にむしろ問題があるかのような罪悪感を抱かせる。
→Aさんのケース②がこれに該当。

・さらに、被害者が従順にしていると、加害者から急に褒められて驚くことになる。それは異常なまでの褒めあげであったり、現実に見合わないほど高い評価であったりする。そういった極端かつランダムな罵倒と賞賛に直面すると被害者は大いに混乱し、どうすれば褒められるのかわからず、加害者の反応が予測できないため、顔色を窺う状態に置かれる。これは一種のマインドコントロールの技法としても使われているものである。
→ Aさんのケース⑨で一度も発表していないにもかかわらずAやA+が付けられたことなどがこれに該当する。


(b)心理的な暴力

・孤立させて依存心を高める。たとえば「どの先生も君は能力不足だと言っているが、僕だけは君を信じて期待しているから」などと、自分だけが味方であると繰り返し教え込んで、他の教員に対する不信感を植え付ける。それと同時に、自分はさも学生思いのようなそぶりを見せ、「君を守るために、教授会で僕も苦しんでいるんだ」などと言い、学生に負い目を感じさせる。学生は「私はこの先生にすがるしかない」「こんな私のために先生に苦労させて申し訳ない」と思うようになっていく。このように、真実の情報を知らせないことで被害者に何が起こっているのか理解できなくさせるのも一種のマインドコントロールの手法である。
→Aさんのケース①で合格の経緯について虚偽の情報を伝えたことなどがこれに該当。

・加害者は相手を孤立させるために不和の種をまくこともある。たとえば周囲の人間に対してその被害者の悪口をいう一方で、その被害者には周囲の人間の悪口を吹き込む。これ見よがしに贔屓して、他の人々に嫉妬の感情を起こさせ、被害者と対立させるなど。後者の場合、外から見れば加害者と被害者の関係は「良好」に映るため、被害者は第三者に理解してもらえず、さらに孤立していく。
→Aさんのケース③で入場料を一人だけ払ってもらえたこと、⑤で他の学生を仲間外れにしたこと、⑦でTAの指名をAさんや他の女子学生にのみ行っていることなどがこれに該当。

・過剰な干渉と妨害。たとえば、学生の意思や希望を無視した一方的で権威主義的な指導のほか、授業と関係のない雑用を命じる、頻繁に連絡をいれる、プライベートな事柄に首を突っ込むなど。そうして被害者は自主性を奪われ、私生活でも加害者に振り回され、心理的に侵入される。
→Aさんのケース①での受講する授業の指定のほか、⑤⑥⑦⑩などがこれに該当。


(c)経済的な暴力

・自分一人で酒を飲みまくり、最後は自分が会計に立って、割り勘で一人いくらと学生に申し渡す。どう見積もっても高すぎると思っても学生たちはなかなか口に出せず、仕方なしに払う。あるいは逆に、学生が望みもしないのにしばしばレストランに連れ出して奢る。「今日もよく頑張ったからひとつ奢ろう」といわれた学生は断れずについていくが、それが繰り返されることによって、「こんなにご馳走になって申し訳ない」と負い目に感じる材料が増える。
→ Aさんのケース②でたびたび食事につれていかれていたことがこれに該当。

・また、特定の学生だけに奢るなど経済的に特別扱いすることも、周囲の学生に嫉妬の感情を呼び起こし(b)で述べた孤立化を深めることにつながる。
→Aさんのケース③で入場料を一人だけ払ってもらえたことなどがこれに該当。


(d)身体的な暴力

・叩く、殴るなどの行為を行う。直接狙った女子学生に対して身体的暴力を振るうことはなくても周囲の男子学生を殴る教員もいる。こうして学生たちは他の学生が殴られているのを見て恐怖を感じるようになり、威嚇の効果が出る。

・腕を強く掴む、肩を強く押さえるといった行為も身体的な暴力にあたる。
→Aさんのケース③④⑨⑪などがこれに該当。


(e)性的な暴力

・そして、止めを刺すように性的言動が行われる。(※性的な暴力の分類については別の記事で紹介します)
→Aさんのケース③④⑧⑨⑪がこれに該当する。

 

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 そもそも大学教員というのは、学生の成績評価や単位認定、論文審査の権限を独占しているほか、就職や進学にも影響力を持っています。学生とは圧倒的に力に差のある支配従属関係にあり、生殺与奪権を握られている学生側がNOと言えない立場にあることは自明のことですが、加害者教員はその優越的な地位を背景に、上記のようなありとあらゆる暴力の形を用いることで囲い込みをおこなっていきます。

 Aさんのケースでは、まずW氏は自ら指導教員となり、合格について恩を着せ、受講を指示した授業を通じてAさんの研究希望対象を執拗に侮辱し、自信を喪失させておきながら、時に極端に優しい態度をとって精神的に従属させました。そしてAさんだけを特別扱いすることで周囲から心理的に孤立させ、ことあるごとに負い目を感じさせ、逃げ場をなくした上で、徐々にセクハラを実行していき、最終的には、婚姻外の男女関係を押し付けて「俺の女」として所有を試みました。それは周到に行われた一連の支配にほかなりません。決して、“たった一度の不適切な発言”などではないのです。

 大学における教員から学生へのセクハラは、学びにきている学生から、安全かつ自由に学べる権利を奪うだけでなく、学生を一人の自立した人格ではなく〈モノ〉として扱うことで、人格権を侵害し、自尊心を深く傷つけることになります。また、教員という本来は信頼の対象である人間から、屈辱的な言動を受けたという体験によって、被害者はいつどこで性暴力を受けるかわからないという恐怖心を抱くようになり、大学を去った後の人生でも極度の不信感を長く抱き続けることとなります。

 AさんがW氏から受けた被害は、2015年9月の面接試験以来、1年半以上にわたる長期的なものでした。そのあいだAさんは、ほとんど誰にも相談することができず抱え込んでいました。さらに、その後他の教授に相談したにもかかわらず適切な対応を受けられることなく、歩むはずだった道を決定的に損なわれてしまいました。それは、「軽い冗句」として済まされる話などでは決してないのです。

 

 


参考文献

*1 白河桃子『ハラスメントの境界線 セクハラ・パワハラに戸惑う男たち』(中央公論新社、2019年)

*2 谷本惠美『カウンセラーが語るモラルハラスメント』(晶文社、2019年)

*3 マリー=フランス・イルゴイエンヌ著 大和田敢太訳『モラル・ハラスメント 職場におけるみえない暴力』(白水社、2017年)

*4 沼崎一郎『キャンパス・セクシュアル・ハラスメント対応ガイド あなたにできること、あなたがすべきこと』(嵯峨野書院、2001年)

*5 マリー=フランス・イルゴイエンヌ著 高野優訳『モラル・ハラスメント 人を傷つけずにはいられない』(紀伊國屋書店、1999年)

※ 引用するにあたり、一部表現をわかりやすく言い換えたり、説明を補っている箇所もあります。