ハラスメントをなくすためには、どうしてハラスメントが生じてしまうのか、そのメカニズムを知ることが不可欠です。ここでは、ハラスメントの心理分析や原因究明、ハラスメントを生じさせない組織のあり方を学ぶために役立つ本を紹介しています。

※なお、こちらの記事では、Aさんの事例の具体例をあげながら、これらの文献を用いて分析しています。裁判ではそのように資料を書証として提出することも有効です。よかったらご参考ください。

 

 

マリー=フランス・イルゴイエンヌ『モラル・ハラスメント 人を傷つけずにはいられない』(1999)

精神科医でありモラル・ハラスメント概念の提唱者による古典的な本。家庭や職場において、加害者が「見えない暴力」によって相手の精神状態を次第に不安定し追い込んでゆくその過程や、被害者・加害者になりやすい人の性質、ハラスメントの生じやすい環境などを細かく分析している。

 

マリー=フランス・イルゴイエンヌ『モラル・ハラスメント:職場におけるみえない暴力』(2017)

上記の著者による近著。 ハラスメントの定義や影響・原因などがコンパクトにまとめられている他、諸外国の法的制度や取り組みなども簡潔に紹介されている。とりわけ日本では、ハラスメントがしばしば「個人的な問題」とみなされ、公然と非難されるおそれから、話題にすること自体が難しい傾向にあると指摘。

 

谷本惠美『カウンセラーが語るモラルハラスメントー人生を自分の手に取りもどすためにできること』(2012)

加害者がなぜモラハラをしてしまう人になっていくのか、その原因や心理をカウンセラーならではの目線から丁寧に分析している。はずみでしてしまった攻撃とモラハラは異なり、モラハラ加害者はハラスメント行為に依存しているために、それが誤った行動であるという認識がなくなっているゆえに繰り返されてしまうのだという。被害者の心理にも詳しく、セルフケアのためにも重要な一冊。

 

中井久夫『中井久夫集6 いじめの政治学——1996-1998』(2018)

精神科医である中井久夫による論文・エッセイ集。表題作では、いじめなのか単なる冗談やからかいなのかを見分ける最も簡単な基準は、そこに”相互性があるかどうか”であり、いじめが権力に関係しているからには必ず政治学があるとして、いじめの過程を「孤立化」「無力化」「透明化」の三段階にわけて説明している。ハラスメントという言葉が直接使われているわけではないが考える上で参考になる。

 

沼崎一郎『キャンパス・セクシュアル・ハラスメント対応ガイド—あなたにできること、あなたがすべきこと』(2010)

どのような行為がセクシュアル・ハラスメントにあたるかといった基礎的な知識のほか、なぜそれが問題なのか、何を侵害してしまうのか、セクハラの他に加害者はどのような行為をしているのか、セクハラに至るまでにどのような暴力(言葉の暴力、心理的な暴力、経済的な暴力、身体的な暴力)が行われているのかなど具体例とともにわかりやすく書かれている。

 

白川桃子『ハラスメントの境界線ーセクハラ・パワハラに戸惑う男たち』(2019)

近年のハラスメントの事案を多数踏まえ、ハラスメントとは個人の問題ではなく組織の問題であり、それが容認される風土があるからこそ生じる問題であることを指摘。同質性の高い日本社会において、多様性のある組織をつくっていくにはどうしたらよいのか具体的な対策案を挙げながら、ハラスメントに対する意識と行動をアップデートしていくことの重要性を謳う。

 

内田良『学校ハラスメント 暴力・セクハラ・部活動ーなぜ教育は「行き過ぎる」か』(2019)

教育社会学者による本。学校における体罰や巨大組体操などさまざまなハラスメントの具体的事例から浮かび上がってくるのは、「痛みを我慢してこそ感動が得られる」という教育現場における神話の存在。事故が起こり続けてもなくならない組体操のように、「痛い」「苦しい」を言わない人間が組織の中で育てられ、暴力が封印されていく過程に目を当てている。

 

ジェフェリー・フェファー 『ブラック職場があなたを殺す』(2019)

アメリカの苛烈な労働環境や健全な職場のあり方について書かれた本だが、著者の専門である組織行動学の観点から「なぜ悪しき職場を辞められないのか」を分析している章は、大学におけるハラスメントを考える上でも有効。人間は一度こうと決めるとその意思決定に心理的に縛られるようになる「コミットメント効果」など、心理学の知識が広まれば、「嫌なら辞めればよかったのに」などという二次被害も減るはず。