「役に立つ人間か否か」——国立大学法人化によって何が変わったのか

 

 

——EquAllさんはシンポジウムの際、「国立大学法人化」「大学の中央集権化」のことをとりあげられていましたが、それらが具体的に大学にどういった影響を及ぼしていると考えていますか?

 

藍沢 2004年に国立大学法人化がされるまでは、「教授会」という学内の教授のみで組織された会合で、次の学長をどうするかとか、次年度の予算をどうするかという大学の運営に大きく関わるようなことを議論することができたので、まだ民主的な議論や大学運営ができました。ですが、大学法人化が進んだことによって、教授会における人事権や予算決定権が制限され、学長を選ぶにしても、学内のトップ層からなる学内の委員と、他の大学の元学長や経済界・産業界の取締役などからなる学外の委員とが同数で構成された「総長選考会議」というところで最終決定される方式に変わったんです。

  

↑「総長選考会議」の委員名簿。大学のトップ層の他に、学外委員には経済界・産業界などの重要な役職が見られる。

  

 

藍沢 国立大学法人化によって、本来は民主的に大学運営されるべきところが撤廃されてしまった。そのように国家や経済界に都合が良く大学運営が敷かれていくなかで、大学の自治というものが現在失われているのがなによりも問題だと感じます。

 

——筑波大学でも「学長選考を考える会」が立ち上がっていますね。

  

 

——Yさんは、こういった法人化・中央集権化の問題が、大学がハラスメントの温床となっている大きな理由の一つであると考えていますか?

 

Y ハラスメントがなぜ起きるのかという原因についてはいろいろ考えられるんですけど、大学の経営層の人たちにとって、ハラスメントという手段は、脱法行為を行うのに都合の良い手段なのではないかという気がしています。たとえば経営者が「人員整理を行いたい」と思ったとします。そのときに、大量に首切りしてしまうと、メディアに叩かれたり、法的にも違反だったりして問題になるわけです。しかし、ハラスメントという形でじわりじわりと追い詰めて、教職員の方が自分からやめたくなるように追いやっていけば、法律にひっかかることなく人員整理を行うことができます

 あと、何年か前に「文系を廃止しよう」という話が出ましたが、そういった「役に立つ研究と役に立たない研究」という考え方が結局どこにいきつくのかというと、「役に立つ人間か否か」という危険な思想につながっていく可能性があるということです。

 

↑「東北大学の総長の資質能力に関するに関する基準」

 

 

Y これは、平成27年に決定された「東北大学の総長の資質能力に関するに関する基準」というものなのですが、「マネジメント力」が強調される一方で、総長の人間性に関する記述は、3の頭に書かれた「人格高潔」のみになっています。これでは人格がどうこうというよりは財務経営のマネジメント力があったほうが総長としては適任であり、財務が厳しくなったら人を大量に解雇するということが正当化されてしまいます。これは人を大事に扱わない経営に直結すると思うんです。総長のマインドがこういう風になっている以上、全部トップダウンで中央集権化しているから、大学でハラスメントが横行するということは容易に推測されるところです。

 でも、こういう総長の選考自体も総長選考会議というブラックボックスのなかで行われていて、どういう審議が行われているのかわからないのです。こういった不透明な経営の中で何が行われているのか知りたくて、わたしは東北大学に対して「法人文書開示請求」をやっています。国立大学法人に対しては法人文書の開示請求ができます。委員会の議事録などを大量に請求しているんですが、いままでに出てきた資料は黒塗りのものが多いです。それに対してまた「審査請求」というのを行って、行政庁にそれを開示できるか判断してもらう。そういったかたちで多方面から当局に対して情報を出させるということをやっています。

 

↑  法人文書開示請求により東北大学から出された資料。ほとんどが「のり弁」(黒塗り)状態で内容を知ることができない。
↑ ハラスメント防止対策委員会の議事録も、出席者の名前はすべて隠されている。

   

 

普遍的な運動にしていくために——未来を一緒につくっていく

 

——でも、そういうことを個人でやられることはYさんにとってすごい負担ですよね。

 

Y そうですね。審査請求をするにも、相手の主張のどこがどうおかしいのかをこちらで考えて書類を作成しなければいけないので、簡単ではないです。わたしは情報公開の専門家ではないので、専門家にも話を聞いたりしています。

 

――こうして告発されていくなかで、一番負担に思われていることや、もっとも「奪われている」と思うことはなんですか?

 

Y やはり失った時間が大きいですね。負担に感じているのは、告発の相手方に国立大学の権力者がいるということで、普通の教員間よりも、ハラスメントの申請を行っても適切に処理されない可能性が高いという前提があるなかで、確実に相手方の責任を追及していくためには、さまざまな戦略を複合的に組み合わせて、同時に並行的に展開していくということが必要なのですが、その裏付けとなるような証拠資料の整理をすることに膨大な時間と労力がいまも必要です。

 また、シンポジウムをしたり、団体に連絡をしたりなど、いろいろやらないと効果的にならないので、手が抜けないという状況がありながら、でも自分の仕事は仕事でやらなければいけないですし、マンパワーが足りていません。しかも、次の職場も見つけなければならず、次の仕事にいくためには業績をまず作っていなければいけない。こういう状況で、奪われた時間や労力というものは取り返したくても取り返せないので、やっぱりくやしいという気持ちはあります。

 でも一方で、相手が権力者という立場の人物ですので、この問題を大きく扱っていけば、他の人たちの被害を減らしていったり、大学の改革につなげていける可能性があるとも思っています。

 

——これをきっかけに大きな改革になるといいですよね。なので「告発はいいことだ」とわたしも思いつつ……被害者って辛いですよね(笑)。

 

Y 辛いですね。でも辛さといっても、仲間がいる前と、仲間ができた後の辛さは全然違います。ひとりでやっていたときは、下手すると、自殺にまでいく可能性があると思っていました。本当にそこまで追い詰められるので。

 

——やっぱりEquAllさんの存在は支えになっていますか?

  

Y そうですね。やっぱり彼らの存在なしにはいろんな企画もできないですし、精神的な支えというか、一緒に未来をつくっていっているので張り合いがある、しかも自分がその学生時代というのは、彼らみたいに活動して、誰かを利他的に支えるという気持ちがなくて、自分のことで精一杯になっていたので、そういう意味では、わたしは彼らから学ばせてもらっている点がたくさんあると思っています。

 

——ああ、信頼関係がしっかりされていていいですね。やっぱり被害者というのはひとりでは戦い続けられないんじゃないかと思います。「告発したら終わり」じゃなくて、その後の日常があるし、気分だって沈むし、書類ばっかり作らなくちゃいけなくて、「ああもう自分のこと全然できない!」ってブチ切れたりもする。個人がどれだけ頑張ったって、組織とはパワーバランスが全然違うので、そばで寄り添ってくれる人の存在というのはすごく大事だし、そういった輪を広げていくことでしか個人は対抗できないのかなと思うんです。

 でも最近、声を上げる人やそれを支える人の存在が少しずつ増えていっている気もするので、希望も感じるんですよね。EquAllさんもそのひとつでした。なので今回のように別の大学の活動家同士で話し合う機会が増えていったらいいなと思います。

 

藍沢 そうですね。東北大に限らず、いろんな大学でこうした問題が起こっているわけですし、それぞれの大学の個別的な活動といったレベルに縮小しないで、横のつながりをつくって相互に連携を取りながらやっていきたいと考えています。

 

Y 被害の内容は別ですが、Aさんのセクハラとわたしの件と、共通の構造のようなものがあると思いますし、こういうものを根絶していくための共通の防止策みたいなものを考えていけたらな、とわたしも思っています。個別の事案に矮小化するのではなくて、もっと普遍的な、人が人を大切に扱わないという関係性の背景にあるものがなんなのかということを突き付けたい。また、そういったことによって、連帯・連携をはかっていけたら広がりのある運動になっていけるのかな、と期待しています。

 

 


 

 今後、Yさんは、上司によって下された「注意」と「厳重注意」という2つの注意の不当性を訴え、自分への処分を撤回させる予定。さらには大学のハラスメントや懲戒に関する規定の不備を改めさせ、第三者的なハラスメント委員会を構成させることで、ハラスメントのない健全な就業環境を、表面上ではなく実態として確立させることを目指している。

 EquAllでは、Yさんへの支援を行うと同時に、シンポジウムを継続的に開催することで世論を広めたり、学内の院生を中心ににアンケートを実施し、世論づくりとともに学内におけるハラスメントの実態などを調査する。それをもとに大学に対する改善項目内容を整理して、学生からも大学当局に対して改善の申し立てをしていくことを構想している。

 

 

 

* EquAll 

連絡先 equall.tohoku@gmail.com

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