16 T氏・██さんへの相談(2017年4月21〜23日)

  

 明くる21日、わたしは何ごともなかったようにその日を過ごそうとしました。予定通り授業にも行き、宿題もなんとか直前に終わらせました。わたしのなかには大きな混乱が渦巻いていましたが、目の前にはやることが山積みで、この災難としか思えない出来事とどう向かい合えばいいのかがまったくわかりませんでした。

 翌22日、助教であるT氏と大学内で遭遇し、話の流れから自然に話せそうだったため、わたしはWから「俺の女にしてやる」と言われたことを話しました(甲6の2)。T氏は憤り、W氏に対してなんらかの対処をしなければならないと言いました。T氏は、以前にもW氏がセクハラを学生に行っていたことを間接的に聞いたことがあるということでした。

「不良枠」という言葉を聞いたのはこのときでした。T氏によると、W氏のゼミには「不良枠」というものがあり、そこにお気に入りの女子学生が当てられることが多いということで、わたしも「不良枠」として気に入られてしまったのではないかということでした。T氏の推測は正しく、実際にわたしがゼミを休んだ際、W氏がわたしのことを「あいつは不良枠」と名指ししていたのは複数の学生が聞いていたのでした(甲47、49)。そのような女性を侮蔑的に扱うような枠が公然と存在していることに、わたしは驚くとともに、強い嫌悪感を抱きました。

  また、T氏とのこの際の会話で、学生は指導教員を変えることができることも初めて知りました。手続きはさほど大変ではないはずだから、ゼミを変更するという選択肢もあると聞き、わたしはゼミを変えるならHゼミがいいと希望を伝えました。W氏に「俺が入れてやったんだ」と恩に着せられ一方的にゼミを決められていたわたしにとって、学生側にそんな権利があるというのは驚愕の事実でした。ここまで我慢してWゼミでやってきたわたしの一年半はなんだったんだろう、と力が抜けました。

 T氏は、過去にW氏のセクハラにあった学生たちは自分で対処しており、「ああいうの(=W氏)は手のひらで転がせばいいんだよ」と言っていました。この発言についてはのちに直接謝罪されましたが、この時のわたしは自力で対処できない自分に落ち度があるのではないかと落ち込みました。またT氏は、他の数人の教員たちにもわたしが信頼できなくなるような過去の行状があることを明かしたので、敬愛していた先生方に失望すると同時に、いったい誰を頼りにしていいのかわからなくなり、途方にくれるような思いでした。一方で、M氏・H氏はクリーンな教員だと言われました。

 T氏と別れたあと、空き教室で██さん他2名の友人と共に、入稿間際の同人誌の編集作業をしているとき、わたしは抱えていた思いを堪えきれなくなり、泣きながらハラスメントのことを打ち明けました(甲4、46)。

 ██さんは本気で心配してくれました。それは明確なセクハラだし、絶対に許されることではないと寄り添ってくれたため、わたしは大学院のことだけでなく将来のキャリアまで真っ黒に塗りつぶされたように感じていると胸の内を明かしました。このコースは文学業界と密接に関わっているので、このコースの人たちと敵対関係になってしまったら、もうわたしはこの業界でやっていけないだろうという絶望に陥っていたのです。██さんは、どうしたらいいかわからないけれど、誰かに相談しにいくなら一緒に行くよ、といいました。

 わたしは誰に相談したらいいか、誰を信頼したらいいのか、もう全くわからなくなっていたので、██さんの提案で、当時現代文芸コース主任であったM氏と面会することに決めました。わたしはM氏とは面識はありませんでしたが、██さんはゼミを履修していて、フェミニズムにも造詣が深い教員だとのことだったし、先ほどT氏もM氏を信頼できる教員としてあげていましたから、相談相手としてふさわしいようにその時には思えました。その際、██さんも付き添ってくれることとなり、██さんからM氏に連絡してもらい、2日後である24日に面会のアポを入れました。

 T氏や██さんに話したことで、自分が受けたことがセクハラだと自覚し、危険な状況にあると認識したわたしは、同日22日の夜に██さんに「学校で困ったことになっているのですが、お時間のあるときに電話させていただけないでしょうか?」という旨のメールをしました。██さんからは23日の深夜に連絡が返ってきたため、指導教員からセクハラをうけたことを説明したメールを送りました(甲26)。それに対して██さんからは「貴女のせいではない」というメールをもらい、深刻な問題だから今後はなにかあったら逐一連絡するようにといわれました。

 23日、混乱のなかで無力感にさいなまれたわたしは、Twitterに「学校やめたい」というツイートを投稿しました(甲28)。

   

甲28号証より

      

      

17 M氏への相談(2017年4月24日) 

 

 早稲田大学が教員向けに配布していたリーフレット『STOP! HARASSMENT』(甲45)には、「学生や同僚からハラスメント相談を受けたら」という項目にて、以下の指示が記載されています。

・プライバシーの保護に十分注意をしつつ、まずは、相談者の話に耳を傾けてください。
  
・相談者に対して「あなたにも悪いところがあったのでは?」等の二次加害となる発言をしないようにしてください。
 
・相談を受けた日時や内容、相談者の様子、自分が感じたこと等を記録しておくと、後で第三者に説明する必要が生じた時に役立ちます。ただし情報の管理には十分注意してください。
 
・話を聞き終わったら関係者のプライバシー保護と適切かつ迅速な対応のため、ハラスメント防止室などの相談窓口を勧めてください。
 
・問題への対応に関し、相談を受けた教員自身が心配や不安がある場合は、ハラスメント防止室に相談することもできます。

 ハラスメントの相談を受ける際は、「受容と傾聴」が原則です。これから記述するM氏の対応が、上記の項目を遵守したものかどうか、精査していただきたいです。

  

  24日17時ごろ、わたしは同級生の██さんと共に、目白の喫茶店でM氏と面会しました。ほとんど初対面の教授との面談にわたしは緊張していましたが、実際にあってみるとM氏に威張ったような雰囲気はなく、気さくな印象を受けました。ただ、わたしが相談をするということで面会を申し込んでいるにもかかわらず、軽い口ぶりで雑談をし、本題に入ってからもメモをとる様子もなく、わたしに質問をするでもなく、一方的に話していたので、この人はちゃんとわたしの話を受け止めてくれているのかな、と不安になりました。

 M氏はわたしが何か口にする前から、「面倒なことに巻き込まれるのは嫌だ」「自分は仕事をするのが嫌いなんだ」といいました。M氏はこれらの発言について「それは場を和ませるための冗談だった」(乙ロ11の2の3頁)と述べていますが、勇をふるって相談の場に足を運んできたわたしにとっては、いきなり出鼻を挫かれるような思いでした。これから相談しようとしているのに、そんな言い方をされては目の前で扉を閉められるようなもので、それをこじ開けてこれから相手にとって嫌なことをさせてしまうのか、嫌なことのために相手にわざわざ時間をとらせてしまったのかと、罪悪感を感じることになります。たとえ冗談を言いたかったのだとしても、なぜ拒絶のニュアンスを滲ませる必要があったのかわかりません。相談ごとを抱えてやってきた学生を和ませたいなら、普通なら「安心して何でも言ってごらん」という方向性しか考えられないのではないでしょうか。そもそもシリアスな相談をしようとする場ですから、冗談で場を和ませる必要はありません。なお、早稲田大学は「面倒なことに巻き込まれるのは嫌だ」との発言について、「原告の感情を害したかもしれない」という点で問題にしていますが(被告早稲田準備書面4の8頁)、ここでの問題は感情の問題ではなく、相談を受け付けないような対応が被害者の訴えのハードルをあげることに結びつくということです。本質を見誤っています

 それから、M氏は、被害内容をわたしが話す前から、「だいたい予想はつくけど」と前置きして「師匠の方? 弟子の方?」と聞いてきました。被害を告げる前からそんな聞き方をされるということに、わたしは大層驚きました。現代文芸コースにおいて師弟関係にある教員といえば、W氏とその弟子のI氏しか思い当たりません。わたしが「師匠の方」と答えると、M氏は笑い出しました。なお、早稲田大学はこのときのM氏の反応について、わたしは「大声で笑った」と述べ、██さんは「大声では笑っていない」、M氏本人は「苦笑いをしたことはあったかもしれない」などと調査結果(甲10)に書いていますが、大学が分析すべきは笑い声の大きさではなく、M氏が笑ったという事実でありその発言内容です。論点をすり替えないでいただきたいと思います。

「師匠の方? 弟子の方?」という発言からは、コース内で彼らが問題行動をとっているとM氏が以前から把握していたことがわかります。この発言について、M氏は「歯に衣着せぬ発言、厳しい指導で知られる」と説明していますが、「セクハラされた」と直後にわたしが言ったとき、M氏は少しも驚きませんでした。驚愕したり戸惑ったりするどころか、笑いました。笑ったという事実は少なくとも大学の調査でも認定されていますが、それはM氏にとって相談内容が予想外ではなかったということを示す反応です。「師匠の方? 弟子の方?」と発言したとき想定していたのはまさしくセクハラのことだったと考えるしかなく、M氏の主張には無理があります。

 M氏はわたしが被害内容を話す前から「師匠の方なら問題ない」と決めつけ、わたしが「『俺の女にしてやる』といわれたんですけど…」と言っても、詳しく聞かれることのないまま、「大したことない」「大丈夫」「セクハラっていうのはもっとすごいやつだから」と笑って取りあってくれませんでした。それからM氏は、過去に話題になった他学部でのセクハラの話をしました。学生に対し性的なメールを送った教員の話です(甲15)。そのような誰が見ても異常なセクハラをするような人とWさんは違う。Wさんに悪気はない。Wさんは若い時にモテなかったから女性の気持ちがわからないかわいそうな人なんだよ、とW氏に寄り添うような言い方をされました。

 逆にM氏からは、わたしがぼんやりしていることや、目の動かし方をからかわれました。わたしの視線の動かし方がおかしいから相手を勘違いさせてしまうんだろう、だからつけ込まれるんじゃないか、ということもいわれました。この点については、██さんも「Aさんは動くものを目線で追うクセがある。そのきょろきょろと動く目線があどけなく見えるので、異性に対してコケティッシュに映る」という趣旨の発言があったと詳細に証言しています(甲4)。これらは対応の不備という範囲にとどまらず、発言自体がハラスメントに該当するように思われます。なお、この際に「(Aさんに)隙があるように見える」という発言があったことは、M氏本人も認め、大学によっても確認されています(甲10)。

 そのようにM氏は、セクハラ被害にあったのはあくまでわたしの側の問題としたうえで、具体的な対応策の提示をすることもなく、「ハラスメント委員会とかにいうと大変なんだよ」「ハラスメント委員会には言わないでほしい」「文学学術院事務所にも言わないでほしい」とお願いしてきました。「現代文芸コースは他のコースから目をつけられているから、そんなことが公になったら潰されるかもしれない」ということでした。わたしはM氏の言うことを「そうなんだ…」と信じ、わたしが誰かに口外するだけで、助手・助教や他のお世話になっている先生方に迷惑がかかるのだと感じ、怖くなりました。わたしはハラスメント委員会という存在も、ハラスメント防止室の存在も知りませんでした。大学側がもう少しハラスメント防止室の存在の周知を徹底してくれていたらよかったのにと思います。

 M氏は、W氏に対しては特に手を打たないまま、しばらくゼミに出続けて様子を見るよう指示してきました。わたしは嫌だったので、指導教員を変更するというT氏の案を伝えましたが、「指導教員変更もしてほしくない」と言われてしまいました。ただ、現代文芸コース内のH教授・P教授には相談してみてもよい、その場合、自分にはそのつど報告のメールをくれとも言いました。

 M氏は、指導教員変更について反対した覚えはないとして、このとき3つの提案(①ハラスメント防止委員会への相談 ②指導教員変更等のコース内での対応 ③「何もしない」(和やかにしようと思っての発言))をしたと主張していますが(甲10の6頁)、わたしも██さんもそんな提案は聞いていません。にもかかわらず大学は、M氏が主張しているだけの発言をそのまま証拠として何ごとかを立証しようとしています。大学の教員によるものと、学生のそれとの間で、主張・証言の扱いにあまりにも偏りがあるように思われます。第一、W氏のセクハラを「グレーゾーン」だと思い、「大したことない」「セクハラっていうのはもっとすごいやつ」といったM氏が、なぜ「ハラスメント防止委員会への相談」をまっさきに提案するのでしょうか。整合性がありません。

 この際に、W氏が「俺のおかげでお前は入学できたんだ。俺以外(の先生たち)はお前の入学に反対していた」といっていたことの真偽を確かめたところ、特段わたしの入学に反対していた教員はいなかった、とM氏はいいました。しかも、W氏はわたしに離婚歴があるということを聞いてわたしのことを気に入ったんだ、と話しました。これは、普通の経歴を持たない学生をW氏は好む傾向があるという██くんの主張とも合致します(甲47の9頁)。わたしは、W氏が嘘をついていたこと、自分の人生がまるで娯楽小説ででもあるかのようにW氏に面白がられて消費され、それによって簡単に人生を左右されてしまったことに大きなショックを受けました。

 当時のわたしは、ハラスメントや二次被害についての知識に乏しく、大学教授でありフェミニズムにも造詣が深いらしいM氏の方が当然知識もあるのだからと思い、M氏の発言を真に受けてしまいました。ただ口説かれただけなのに深刻に受け取ってしまった自分、W氏のことを自力で対処しきれない自分のことが恥ずかしくなり、羞恥心と罪悪感にかられました。

 同時に、わたしの中には「おおごとではないんだ、大丈夫だ」と信じたい気持ちがあったのだと思います。いわゆる“正常化バイアス”——異常なことが起こった時に「大したことじゃない」と落ち着こうとする心の安定機能——です。もしこれが大変な事態だったら、これから先のわたしの大学院生活はめちゃめちゃになってしまうかもしれない、そんなことになりたくない。そう感じて、M氏が「たいしたことじゃない」と言うんだからきっとそうなのだ、と自分に言い聞かせようとしました。

 喫茶店ではなしたあと、M氏に食事に誘われ、わたしたちはすぐ近くのイタリアンのお店に移りました。ハラスメントの話は終わったこととされ、M氏の自主ゼミ、授業で扱っているアメリカの戯曲の話などになりました。このときのことを、M氏は回答書で「和やかな雰囲気」と強調し、セクハラ相談の対応がうまく運んだことの表われと主張していて、早稲田大学もそれをそのまま対応に不備がなかったことの証拠としています。ですが一般的に考えて、大学院生がほぼ初対面の教授に食事を振る舞われたときに、無愛想な態度などとてもとれません。ましてやこの際は、相手が「嫌だ」と言っていた相談にわざわざ応じてもらったあとなのだから、にこやかにしていたのは礼儀の範疇だと思います。むしろ、深刻なハラスメントの相談をしたあとに「和やか」だったのは、ハラスメントが「大したことではない」とはぐらかされた証拠であるように思われます。

 このときのわたしは、信頼の対象であるべき指導教員からセクハラを受けたことで大きなショックをうけ、どの教員を信じたらいいのかまったくわからない状態にありました。すがるような思いで相談にいった教員を敵に回したくはありませんでしたし、M氏はフェミニストとして知られる有名なライターと共に自主ゼミを行ったりしていたので、そんな人が間違った対応をするはずがないという期待もありました。

   

 周藤由美子『セクハラ相談の基本と実際』(新水社、2007年、52頁)においてはよくある「二次被害」の対応例として、

①たいしたことなのではないか(という)
②興味本位の関心(から発言する)
③加害者への同情(をみせる)
④被害者の行動を責める
⑤解決を急ぐ

が挙げられていますが、M氏の場合、この全てに該当すると思われます。

 大学は調査結果(甲10)にてM氏の多くの言動を曖昧な判定に留めていますが、M氏の発言が二次被害でなかったら、いったい何が二次被害にあたるのでしょう。早稲田大学は二次被害を何だと考えているのかお聞きしたいです。

 同書では、「力になってくれると思った周囲の人間から「二次被害」を受けると、世界は危険だという認識になり、被害の後遺症からの回復も損なわれてしまいます。二次被害の影響は深刻です。」と指摘されています。

 このとき、M氏が適切な対応をしてくれていたら、その後の被害がどれほど軽減されたかと思うと、今でも悔しくてたまりません。

 

 

18 その後のW氏 (2017年4月24~27日)

 

 24日の日中には、W氏から電話がかかってきていました。わたしは出ませんでした。15:38には██さんに「さっきも指導教官から電話がいきなりかかってきて、気持ち悪くてしかとしました。」とメールで報告しました(甲26)。

 M氏からはWゼミに引き続き出るよう指示されていましたが、わたしは気が重くW氏に会うのがとてもいやでした。ゼミ前日の26日、わたしは██さんに「学校の件なのですが、あした、指導教官の授業にでるかどうかまよっています。」とメールでその気持ちを打ち明けました(甲26)。わたしが、自分から「ゼミは変更したくない(Wゼミを続けたい)」と言った覚えはありません。わたしはW氏と接触したくありませんでした。そうでなければ██さんにこんなメールは送りません。けれども、わたしにはゼミに出席する以外の選択肢はありませんでした。

 4月27日、6限のWゼミが始まる時、わたしはW氏から「お前なんで電話に出ないんだ?」と強く詰問されました。答えずにいると「賞味期限切れのチョコレートがあるから取りに来いというつもりだったのに」と怒られました。先週セクハラ発言をしておいて、謝罪することもなく、自分の研究室にわたしを一人だけ呼び出そうとするなんて、この人は自分のしてしまったことの重大性をいまだに把握してないんだろうかと信じられない思いでした。

 ゼミが終わった後、非常勤講師のS氏が高田馬場駅近くの居酒屋で飲み会を開くことを知ったW氏は、S氏と親しくしていたわたしにその居酒屋まで連れて行くようにいいました。わたしは用事を済ませてから途中参加するつもりでしたが、「飲み会には行きません」と嘘をつき、案内を拒否しました。それでもW氏はしつこく迫ってきたので、わたしは同級生と一緒に逃げました。

 用事を済ませてS氏の飲み会の場にいくと、W氏がいるのが見えました。驚いて、Wゼミで一緒だった後輩2人に「なんであいついるの?」と訊ねると、「勝手についてきた」「断るとめんどくさいから連れてきた」ということでした。わたしはW氏と接触したくなかったので挨拶もせず、離れたテーブルに座りました。

 まもなくW氏が席を立って帰ろうとするのが見えましたが、わたしは挨拶しませんでした。するとW氏は帰り際にわたしを睨みつけ、見送ったS氏に、わたしのことを指差して呆れたように肩をすくめてみせました。S氏は「(君を見て肩をすくめてたけど)どうしたの?」と笑って聞いてきたので、わたしは「あいつにセクハラされた」と話しました。S氏は途中で席を立ってしまいましたが、同じテーブルにいた学部生らはずっとわたしの話に耳を傾け、その学生たちもW氏には以前からそういう噂があったということを教えてくれました。

 この日のできごとで、M氏の言っていたようにW氏は「大丈夫」なんかではなく、様子見などしている場合ではないと思ったわたしは、指導教員を変更することを決意しました。

 なお、この裁判においてW氏は、詰問の事実を否認し、さらに、S氏からW氏を連れてくるようにいわれていたので場所を教えて欲しいと連絡した、案内を要求したこともないと述べる一方で(答弁書5頁)、『映画芸術』では「(20日)には拒まれたと思い」「気になっていたんで、様子を見に行こうとコンパに参加した」と述べており(乙イ1の88頁)、主張が矛盾しています。その上、もし仮に『映画芸術』でW氏が述べるように、実際にわたしの様子が気になって「心配」していたのであれば、20日の事件後にメールで「申し訳なかった」などと伝えるなど、その手段はいくらでもあったはずです。実際には、この飲み会の席でわたしに「しかと」されてやっと、わたしに拒否されていると気づいたのではないかと思われます。

 

 

19 H氏への相談(2017年4月28日〜5月7日)

 

 わたしは即刻、動き出すためにH氏に相談したいと思い、翌28日の朝、Hゼミの先輩にメールをしてH氏の連絡先を教えてもらいました。P教授にも相談してみるつもりでしたがこの日はタイミングがありませんでした。

 夕方には、██さんのもとに直接相談しにいきました。

 M氏との面談について報告しましたが、M氏からわたしの視線の動かし方をからかわれたことを告げると、「その人ちょっとおかしい」「別にあなたの視線の動かし方はおかしくなんかない」「あなたが悪いと思わなくていい」といわれました。

 また、██さんと相談しながら、わたしはH教授に「今、困ったことが起こり、今後のことでH先生にぜひご相談したいのですが、いかがでしょうか。お忙しいなか申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願い致します。」とメールを送り、連休明けの面談の約束をしました。セクハラという言葉を避けて「困ったこと」と表現したのは、M氏に口止めされていたこと、大袈裟なのではないかと思わされていたことも影響していました。

 5月6日18時、わたしはH教授の研究室にいきました。H氏はノートを開きメモをとっていたので、M氏とは違ってちゃんとわたしの話をきいてくれそうだ、とまずは安心しました。わたしは話しはじめ、H氏はメモをとっていましたが、「俺の女」の箇所にいきつくと、書く手が止まり、心から驚いた様子でした。わたしとメールのやりとりをした時点では、単位不足など履修に関する相談かと思っていたそうで、H教授は「これは本当に困った話だね」と途方に暮れているようでした。

 それから、作家の川上未映子が新人として出てきた時もW氏は入れ込んでしまって大変だったんだということや、「君は第二の未映子だと思われてしまったんだろう」ということを言われました。わたしはいままでもW氏からの作品講評でやたらと「未映子だろ」と言われていたことの合点がいきました。W氏は自分の好みのイメージに無理やりわたしを当てはめ、わたし自身ではなく幻想を見ていただけなんだな、とわかりました。

 H氏は、M氏のように問題を軽視することはなく、わたしが何か言う前から、「僕が指導教官になってもいいんだよ」と指導教員変更の提案をしました。Hゼミは人数が多いですし、わたしの能力では難しいのではと思っていたのですが、そのことをH氏に聞いてみると別に問題ないということでした。では入学時にHゼミに入れなかったのはなぜだったのだろう、と思いました。

 その場でH氏に指導教官を変更したいという希望を述べたところ、指導教官変更の手続きについては、T氏に聞いてみるよう勧められました。

 このときはM氏の指示があったため、あと2、3回ゼミにでて見て様子をみて、それでもダメだったら指導教員変更の手続きを進めていこう、という話になったのですが、ハラスメント問題が起こったときに「様子を見る」のはとても危険なことです。また、H氏からも相談窓口に行くよう勧められることはありませんでした。M氏にしろH氏にしろ、当時の早稲田大学教員に、ハラスメントとはどういうものか、相談された場合はどう対処すべきか、という知識が根本的に欠けていたことを示しています。大学が組織としての対応を徹底させることを怠り、教員個人の資質を当てにして丸投げし、管理責任をまっとうしていなかったのは明白です。

 しかし、当時のわたしはハラスメントについても、ハラスメント対応についても知識がなかったため、この点のおかしさについてまだわかっていませんでした。

 H氏からは、出版予定の詩集についても進捗を聞かれました。この夏に出版する予定だと答えると大変喜ばれ、「君はこんなことで書くのをやめてはいけないよ」と励まされました。でもそのときのわたしは、ハラスメントの被害と、わたしがものを書くことに、どのような相関関係があるのかピンときませんでした。当時わたしは創作意欲に溢れていて、書けなくなるということを経験したことがありませんでした。いずれこの件によって自分が書けなくなってしまうほど傷つくことになるとは、当時のわたしには想像できなかったのです。

 終わり際、H氏は「怖かったでしょう」「話してくれてありがとうね」といいました。また、「セクハラがパワハラになってしまった場合、すぐに僕にいってください」「絶対にあなたが学校をやめるようなことがあってはいけないし、全力で守ります」とのことでした。わたしはH氏の研究室をあとにし、ひとまず、問題を分かってもらえたとほっとしました。

 このときは、もともとゼミを希望していたH氏とじっくり話をできたこと、詩に造詣の深いH氏がわたしの詩集のことを相変わらず気にして応援してくれたことが嬉しかったですし、きっとHゼミに入ることになるだろうと思って喜びの感情が強かったです。██さんにメールで上記のH氏とのやりとりの詳細を報告した後、わたしはH氏からの指示通り、T氏に指導教員変更についてメールしました。T氏からは文学学術院事務所に電話してみるよう助言されました。

 翌7日、M主任にメールを送って、H教授に相談した旨を報告しました。

   

  

20 繰り返される口止め(2017年5月7〜11日)

   

 M主任とのメールは全てH教授もCCで共有することが決まりました。

 大学院に在籍していた当時は、あまり親しくない教授2名とメールのやりとりをすることは大変緊張を伴うことでした。H氏に対しては憧れの念を抱いていましたし、自分の作品を評価してくれた人でしたからなおさらです。その上、M氏からは面談時に「隙がある」などとわたし側の落ち度を指摘されていましたし、本来なら自力で解決すべきことを、わたしが至らないせいで、先生たちにご負担をおかけすることになってしまったという罪悪感を抱いていました。そのため「先生方が貴重な時間をわざわざさいてくださっている」という意識があり、やりとりのあいだ中、わたしは恐縮していました。

 加えて、この時期は修士論文計画書の提出間際でした。「My Waseda(大学のポータルサイト)」より、「修士論文計画書の提出について (5/8~5/15)」というお知らせのメールが送られてきており、わたしの中には、無事修士論文計画書を提出できるのだろうか、ここでしくじったら論文が提出できなくなってしまうのではないか、という切羽詰まった焦りがありました。修士論文提出のためにも、教授たちとのやり取りで一切無礼なことがあってはならない、と用心していました。

 しかしながら、内心ではもやもやが溜まっていくこととなりました。

 たとえば、M氏からのメールは、終始丁寧ではありましたが、ところどころ気になる箇所がありました。 

5/7 20:44
 
A さん
Cc. H 先生
 
Aさん、報告、受け取りました。
 
当面の対処としては、様子を見るということで、私も良いと思います。
そして、嫌なことや無理なことがあれば、その意思表示は
した方がいいと思います。
 
指導教官変更の場合の手続き、私も事務に確認してみます。
 
H先生、重たい問題に関わらせてしまい、申し訳ありません。
Aさんからの話を受け、私一人では心細く、H先生、
P先生にも相談をするようにすすめてしまいました。
複数のネットがあった方がAさんにとっても安心だと
判断したからです。柔らかく連携をとりながら、Aさんを
支援できるよう、ご協力お願い申し上げます。
 
M 

「重たい問題に関わらせてしまってすみません」「すすめてしまいました」と、M氏が2人の教授に頭を下げている図を見せつけられているようで申し訳なく、先生方に迷惑をかけてしまった罪悪感を感じながら、同時に、わたしが何か悪いことをしたわけではないのに、なぜ? と引っかかりました。

「嫌なことや無理なことがあれば、その意思表示はした方がいいと思います」というのは、そもそもハラスメントはNOと言えない関係性のもとに生じるのだということをまったく理解していない書きようです。これまではわたしが「意思表示」しなかったのがいけないのだ、と叱られているとしか受け取れません。そして、これ以上面倒ごとが重ならないように、加害者であるW氏ではなく被害者であるわたしに注意をしろと言っているのです。何重にも間違った対応です。

 このメールに対するH氏の以下のメール(甲5の1頁)の文言もきわめて不適切でした。

5/8 14:47  
M先生
Aさん
 
M先生のおっしゃる通り、しばらく様子を見るのがよいと思います。
Aさんには、勇気を持って、かつ冷静に対処していただき、同様のことが繰り返されたら、すぐこちらに連絡をしてくだるようお願いします。また、金曜日と土曜日の午後は大学におりますので、授業の合間であればただちに対応できます。
 
H拝

 「勇気を持って、かつ冷静に対処していただき」…既に被害を受けているのに、それを救済し援助するどころかこちらに心理的負担を強いる言葉で、二次被害になり得る危険があります。ハラスメント問題の解決にあたって、被害者が強くなるべきという考えは間違いです。

「同様のことが繰り返されたら」…また被害に遭うのを待て、とでも言うのでしょうか。さらなる被害を防ぐために自分たちは特に何も動かない、ということです。被害者をこれほど心細くさせる対応もありません。

「俺の女」といった時点でもうすでに教員としてアウト、という認識がなかったことの表れだと思います。 

 

 わたしは10日にはまた██さんに、「あした、またWせんせいの授業です。でたくなくていやです。」とメールしました。しかし、翌日の11日にWゼミは休講との連絡がきました。 

 11日の日中、わたしは文学学術院事務所に電話し、指導教員変更の事務手続きについてききたいと相談をしました。電話口で話したのは██さんと██さんという方でした。手続きとしては、まずはわたしが現指導教員(=W氏)と話し合う必要があるとのことだったので、わたしはびっくりして「ハラスメントが絡んでいるためそれはできません」と告げました。すると、「翌日事務所に来て事情を話してほしい」と言われたので同意しました。ハラスメント問題はハラスメント委員会にも相談できるし、教務主任の██先生という方に相談することも可能である、ということも教えてもらいました。

 わたしはその旨をM氏・H氏に報告しました(甲5の2頁)。

5/11 13:49
 
M先生
H先生
 
 
丁寧なお返事をくださり、ありがとうございます。
 
文学学術院事務所に電話をかけ、██さん・██さんという方から、指導教官変更の際の事務手続きについて伺いました。
変更にあたっては、現指導教官の許可は不要で、新しい指導教官・運営主任の先生の許可があればよいそうですが、
教授会の会議で承認を得ることが必要だそうです。そのため、教授会の際に現指導教官がはじめてわたしの変更を知るよりは、事前に他の先生方から説明していただいた方が問題が起こりにくいかもしれない、とおっしゃっていました。(ハラスメントがあったため、ではなく、専門分野が違うため、といった別の理由でも構わないそうです)。
制度としては変更に期日はないそうで、今後の様子をみながらゆっくり決めてください、とのことです。
 
ハラスメント問題については、早稲田キャンパスの28号館1階で相談をきいてもらうこともできるそうで、
指導教官の変更について不安があれば、教務主任の██先生(哲学コース)に相談することも可能なので、その際は事務所にご連絡ください、とのことでした。
 
また、来週の15日までに修論計画書を提出しなければならず、提出する前に現指導教官に確認していただく必要があるのですが、確認を免除できるかどうかについて、事務所の██さんに明日直接お会いして相談する予定です。
 
運営主任の先生と変更先の指導教官の先生はこの件についてご存知ですか、と訊かれたため、M先生とH先生にはすでにお話しした旨を伝えておきました。事務所から先生方にご連絡がいくことがあるかもしれません。その場合はお手数おかけしますが、どうぞ宜しくお願い致します。
 
明日、お昼休みに、P先生にも相談させていただく予定です。
 
ご心配おかけしてしまって申しわけありません。
どうぞよろしくお願い致します。

 このメールを、M氏は回答書の中で「大学のハラスメント防止室に相談することを阻害などしていませんし、むしろ積極的に提示しました」(乙ロ11の6頁)ということの論拠としていますが、事実は違います。わたしが██さんといっしょにM氏に相談しに行ったとき、M氏は「ハラスメント防止室の窓口に相談に行く」という選択肢など提案しませんでした。だから、わたしはこの日、事務所との電話で初めてハラスメント防止室に相談できると教えてもらい、それをそのまま「早稲田キャンパスの28号館1階で相談をきいてもらうこともできるそうで」とM氏に報告したのです。繰り返しますが、わたしはM氏からはハラスメント防止室に相談することができると教えてもらっていませんでした。

 11日、S氏の授業でTAの仕事をした後、先週の飲み会の席でのことを注意されました。「セクハラの話を飲み会の場所でしちゃだめだよ」「Wさんクビになっちゃうよ」とのことでした。わたしは自分が受けたセクハラ被害のことを人に話すことがまるで悪いことであるかのような罪悪感を抱き、話が広まってしまったら大変なことが起こるのではないか、M氏のいうようにコースが潰れてしまうのではないかという恐怖を感じました。

 その後、M氏から返ってきたメールには以下の文言がありました。 

> ハラスメント問題については、早稲田キャンパスの28号館1階で相談をきいてもらうこともできるそうで、
> 指導教官の変更について不安があれば、教務主任の██先生(哲学コース)に相談することも可能なので、その際は事務所にご連絡ください、とのことでした。
 
今回、事務の██さんたちに相談したときには、具体的なことを話したのでしょうか?
██先生は、とても温厚な先生で、相談をすれば懇切丁寧に助言をくれると
思いますが、できればその前の段階で解決できたほうがいいですね。
 
> また、来週の15日までに修論計画書を提出しなければならず、提出する前に現指導教官に確認していただく必要があるのですが、確認を免除できるかどうかについて、事務所の██さんに明日直接お会いして相談する予定です。
 
計画書の提出、あるいはその前後のことなどで、悩むことがあるとするなら、
この時点で、指導教員変更に舵を切った方がいいようにも思いますが、
██さんとの相談は立ち入ったことは避け、事務手続き上の問題に絞った方が
いいと思います。
    (後略)

 ハラスメント防止室の窓口に相談に行くことについては一言も触れず、わたしが何を外に漏らしたかだけを心配しているメールでした。本来、相談の守秘の範囲は、本人の意志が尊重されなくてはなりませんが、M氏からはわたしの意志を尋ねられることがありませんでした。わたしが誰に何を言い、何を言わずにおくかは、当然わたしが決めることであって、他者がコントロールすることではないはずです。しかし、このときのわたしはS氏に「Wさんクビになっちゃうよ」と言われたことが恐怖として残っていたこともあり、慌てて釈明するようなメールを返しています。

22:50
先生のご質問についてですが、
今回、事務の██さん方に相談したとき、
最初、わたしが指導教官の変更についてお訊ねしたいといったところ、
まずは現指導教官と相談してくださいとおっしゃられたので、ハラスメントが絡んでしまうので現指導教官と二人で話すということが難しいとお伝えしました。詳しいことはお伝えしておりません。

 それに対するM氏からの返信には、なぜかCCにH氏が入っていませんでした。

連絡ありがとうございます。
現指導教員との件は、あまり広まらないようにした方が
いいと思いますので、慎重にしてください。(私、H先生、
P先生の範囲で、できたら止めたいです。)

 これを読み、わたしがW氏のセクハラのことを口外したら、先生方にこんなに時間を割いてもらい手間をとらせてしまっているのに、大変なことになってしまうのだ、と恐怖に身がすくむような思いになりました。これが口止めでなくて何なのでしょうか。口止めするという意識があったからこそ、M氏はH氏へのCCをはずしわたしだけにこのメールを送ったのではないでしょうか。

 焦ったわたしは、██さんにこのメールを転送し、0:00「セクハラで困っているということをみんなに知っておいてもらったほうがよいかとおもって結構友達にもはなしてしまいましたが、あまりいわないほうがいいのかもしれません。気をつけようとおもいます。」と書きました。 

  ハラスメント防止室に相談することは、早稲田大学が推奨する対応だったはずです。

 早稲田ガイドライン (乙ロ2)には「教職員等が個人的にハラスメントに関する相談を受けたときも、できる限りハラスメント防止委員会において問題解決をするよう相談者に勧めることが適当です。」とあります。

 M氏が、最初の面談時に、「3つの選択肢」を提示していたというのなら、なぜこのとき「できたら止めたい」と正反対のことを書いているのでしょうか? 矛盾しています。ハラスメント防止室の窓口に相談するという選択肢は一度もM氏からは提案されませんでした。

   

   

21 P氏・事務所への相談、M氏への違和感(2017年5月12日〜)

 

 翌12日、わたしは2限のゼミのあとにP氏に、相談がある旨を伝えました。2人で大学の近くの定食屋に赴き、W氏から「俺の女にしてやる」と言われたと話しました。

 P氏はひどく驚き、W氏のことを尊敬していたのにそんなことをする人だったとは、とショックを受けていました。それはあってはならないことだし、「指導教官を変更したほうがいい」とすぐさま提案されました。P氏にも深刻な事態として受け止められたことで、わたしもやっと確信をもって「これは明確なハラスメントなんだ」と思えるようになった気がします。ただし、P氏からも、相談室にいくことを勧められることはありませんでした。

 P氏に話したあと、わたしは文学学術院事務所に行きました。事務所の██さんら他2名が、ハラスメント被害の事情をわたしから聴取するため奥の個室を用意し、ハラスメント担当の方を呼んでくれていました。「ハラスメントという言葉が出た以上、動かないわけにはいかない」と女性の方がおっしゃり、ハラスメントにきちんと対応してくれようとしましたが、わたしは前日の夜のメールでM氏に「あまり広まらないように」と言われていたために、話してはならないと思い、「何も話せません」と言いました。このため、学術院事務所はハラスメントの件を取り下げたようですが、このとき対応してくださった方々は真剣に聞いてくれそうだったし、本来ならわたしは相談したかったです。M氏からの前日のメールがなければ、話すことができたと思います。

 深夜0:28、M氏からメールがきました。

A さん
 
昨日、事務に相談した結果はどのようなものに
なりましたか? もし、メールが煩雑だったら
電話でもいいので、聞かせてください。
 
私の方はH先生と指導教員変更の線で相談をしてきました。
創作にシフトするという正当な理由だけを掲げて変更を実現する
という方向で行きたいと思います。この最後の部分は、H先生、
Aさん、私と完全に共通の認識を持つ必要があるので、慎重を
期していきましょう。
 
本日はもう遅いので、もし、電話をなさるなら、明日どうぞ。
明日は一日、家で、原稿仕事をしていますので、遠慮なくどうぞ。
 
それでは。
 
M 

 このメールも、CCからH氏がはずされていました。

 わたしは追い討ちをかけられているようで、圧迫感を感じました。

 わたしは入学前から一貫して創作を志していたのであり、今になって急に「シフトした」のではありません。創作をみてもらえるように指導教員を変更するというのはわたしの希望でもありましたが、それを唯一の「正当な理由」として掲げるというのはセクハラ問題をうやむやにするためなのではないかと感じ、わたしの創作への思いを都合よく言い訳に使われるような嫌な印象を受けました。前日のメールでわたしが「ハラスメントがあったため、ではなく、専門分野が違うため、といった別の理由でも構わないそうです」と書いたのは、何とか指導教員を変更してもらいたくて必死だったから選択肢を狭めることなく事務所の方の説明をそのまま伝えたのであって、ハラスメントの事実を隠してほしかったわけではありません。それに、ハラスメント被害を受けたのはこちらなのに、どうしてW氏が改めるのではなく、こちらが「慎重を期」してW氏に気を遣わなければならないのかわかりませんでした。

 翌朝9:53、M氏からCCにH氏を入れたメールが届き、今後の流れが書かれていました。そこには、指導教員変更について「今回のAさんからの申し出は、修士論文を批評から創作(詩or小説)に方向性を変えたいというもので……」などと表向きの理由が創作されており、それをW氏に伝えて了解を得るようにする計画が記載されていました。指導教員によるセクハラが原因なのに、わたしの変心のためとすり替えられていることに違和感を覚え、W氏のセクハラをあくまで隠そうとしているのだろうかと感じました。ですが、ここで先生方に異を唱えては指導教員変更さえできなくなるかもしれない、本当の理由を書くとW氏が機嫌を損ねて変更に応じないという最悪の事態が生じるのかもしれない、とも思いました。こういうときどうしたらいいか、わたしに知識があるはずはなく、先生方にお任せするしかないと考え、わたしはM氏に電話で了解の旨を伝えました。

 その後のM氏からのメールには「これからH先生にはご負担をかけることになってしまいますが、よろしくお願い申し上げます。」とありました。

 M氏の一連のメールは丁寧ですが、この件に関わることが「負担」なのだと繰り返しわたしに印象づけるものでした。わたしのせいで先生方に負担をおかけして申し訳ない、と思わせたがっているようでした。そのねらい通り、セクハラ被害を受けたのはこちらなのに、わたしは申し訳ないという思いばかりを感じるようになっていきました。

 

 

22 詫びの言葉(2017年5月15日)

  

 15日、わたしはH氏に修士論文計画書を送りH氏から返信があったあと、M氏から以下のメールがきました。

Aさん
Cc. H 先生、 P 先生
 
Aさん、
 
指導教員変更の件、H先生とやり取りをし、以下のような流れで
乗り切ろうということになりました。この流れを確認しておいてください。
 
1 本日、Aさんが計画書提出を機に、やはり詩作を最終的な目標に
したくなり、H先生に相談をした。メールで相談し、短く面談もした。
2 H先生が事務並びにMに相談し、可能であることを確認した。
3 H先生が学生本人の意思を尊重し、受け入れる旨を旧指導教員に
メールで伝える。
*H先生から「旧指導教員からなぜ先に相談に来なかったのかと
学生に連絡が来る可能性があることを考慮して、《Aさん本人からは
言い出しにくいので、当方が先に状況説明をすることにした》という
文言を入れることにします」という連絡がありました。
4 3の結果にもよりますが、この流れを旧指導員が受け入れた場合、
やはり、学生から一言、旧指導教員に挨拶のようなものがあった方が
自然だと思います。Aさんの弁明としては、「怖くて言い出せなかった」
というのはアリだと思います。そして、「申し訳ありません」というような
詫びの言葉があるといいのではないかと思います。
 
また、計画書ですが、H先生からすでに送られた通りです。
 
先生方、何か訂正などありましたら、よろしくお願い申し上げます。
 
すべてが、円く穏便に収まることを祈っております。
 
M  

 1〜3、すべてW氏のために捏造されたストーリーでした。セクハラのことはW氏自身に対してさえ示唆されず、わたしの被害はどこにもなかったかのようです。どんどんW氏のセクハラの事実から遠のいていくようでした。なぜここまで加害者であるW氏の機嫌を損ねないように気を遣わなければならないのか、まったく理解できなくてわたしはもやもやしました。しかも、加害者が被害者に謝罪するようにうながして被害回復をはかるどころか、逆にわたしから「申し訳ありません」と詫びの言葉を入れろ、というのです。この指示によって、たまっていたM氏への不満が憤りに変わりました。

 すると、その様子をccで見ていたP氏が、Mに異議を唱えました。

20:28
M先生、H先生、Aさん、
 
お疲れさまです。
メールをCcで送っていただいているだけなので、
黙っていようかなと思ったのですが、
一つだけ、ちょっと気になってしまって…。
 
Aさんが指導教員変更希望の連絡をするとき、
Aさんは別に悪いわけじゃないので
「申し訳ありません」と詫びる必要はないかも。
「急なご連絡になってしまいましたが、
ご了承いただけると幸いです」という感じで
さらっと告げればいいのでは、と思いました。
もちろん、最終的にはAさんのご判断に
お委ねします。
 
わたしが話をこじらせていないことを祈りつつ。
うまくいくことを祈っております。
 
                     P

  わたしはP氏が異を唱えてくれたことに感謝しつつ、ここまでへりくだって発言しなければならないのかと、そのことにもひっかかりを覚えました。

 M氏からは約10分後に、「P先生、ご意見、ありがとうございます。おっしゃる通りだと思います。サラッと行きましょう。」と返事がありました。加害者にだけ気を遣って被害者に謝罪を要求するということが、どれほどの打撃を与えるかM氏はまったくわかっていない、そのことが伝わってくる書きようでした。M氏は、今までもわたしの被害感情をまったく理解していなかったんだ、自分のメールでどれだけわたしが不快と孤独を味わったか想像もできないんだ、と決定的に裏切られた思いでした。

 このことでわたしは██さんに電話をせずにいられないほど動揺したのですが、それでも、指導教員変更直前なのだからことを荒立ててはいけないという話になり、 3人に向けて「先生方、お忙しい中ご対応いただきどうもありがとうございます。心強いです。」といった文言の入ったメールを送りました。

 なお、早稲田大学はM氏の口止めの事実を否認し(被告早稲田大学準備書面1の23頁)、わたしがハラスメントの被害を外に話さないよう何度も注意喚起したのは、二次被害の防止が目的であったと論じていますが(被告早稲田準備書面1の25頁)、M氏がそこまで被害者の保護を目的としていたというなら、そもそも被害者から加害者に直接コンタクトをとって詫びを入れさせるなどという発想がでてくるわけはありません。主張に無理があるように思います。ハラスメントの事実が外に漏れることをM氏が極度に警戒したのは、わたしという被害者の保護のためなどではなく、ひたすらW氏の機嫌を損ねないため、現代文芸コースに問題が起こっていることを隠して現状維持するため、つまりは保身だったように感じます。

   

   

23 指導教員変更(2017年5月16日)

  

 それらのやりとりの数時間後、16日の深夜に、H氏から報告のメールがきました。

0:55
Aさん、M先生、P先生、
 
指導教官変更について、W先生から以下のような回答が来ました。
 
《メール、拝見。
Hさんがご承知くださるなら、こちらにはまったく異存ありません。
どうぞ宜しくお願いします。
当人には、好きなようにすればよく、僕のことは気にするなと伝えて下さい。》
 
これが全文です。ひとまずほっとしました。
 
Aさんから、W先生への連絡は、しなくてもよいと思います。
いまのところ、なにも言わずに、様子を見てください。 
 
取り急ぎ、御報告まで。
 
H拝

 わたしはこのメールをみて、W氏から謝罪の言葉が一言もないことに驚きました。指導教員変更の理由が、表向きはわたしが修論の方向性を変えた、という名目であっても、W氏自身には自分のセクハラのせいだとわかるはずです。それなのに、わたしに対する謝罪はもちろん、H氏に手間をとらせたことへの労いや礼さえなく、まるでわたしのわがままを寛容にも聞き入れてやるのだと言わんばかりのポーズをとっていることに、さらに失望しました。また、このような受けとめ方をするということは、セクハラに対する反省が為されるとはとても思えず、不安でした。

  疑念と不安を抱えながらも指導教員変更の手続きを進め、17日には██さんにメールで、「今日、正式にゼミを移籍できました。とりあえず、ほっとしました。これから学校で旧指導教官に出くわしたりして、嫌な思いをしないといいのですが。」と伝えました。

 その後、実家に帰った際、指導教員からセクハラにあったこと、そのために指導教員を変更したことを家族に話しました。家族は自分の娘が教員から性的対象として見られたことにショックを受け、入試の面接時の違和感を思い出し、どうして入学をとめなかったんだろうと自分を責めはじめました。ものすごく悔しく思っているが、セクハラをしてきた教員に対してどう対処したらわからず、葛藤しているようでした。わたしは家族をあんまり心配させても悪いと思い、「先生方が助けてくださっているから大丈夫だよ」と伝え、わたしが指導教員を変更できたことは喜ばしいこととして伝えました。

 その日の夜、M氏からメールがきました。

5/18 23:19

Aさん
Cc. H先生、P先生
 
指導教員変更はスムーズに認められ、また演習の移行も事務が
速やかに動いてくれて、無事にここまで来ました。
 
主任として、私は本日(18日)にW先生に、今回の指導教員変更の
経緯とその意図を話し、理解を得ました。また学生指導においては
慎重に当たっていただくよう注意を促してきました。今後も何か
問題を感じられるようならば、H先生、P先生、もしくは私に
相談ください。
 
それでは、新たな環境の下、研究、創作に集中し、実りのある修論を
書いてください。
 
M 

 わたしの学習環境を破壊したのはW氏なのに、「それでは、新たな環境の下、研究、創作に集中し、実りのある修論を書いてください」というあまりにのんきな言いように気が塞ぎましたし、「W先生に~話し、理解を得ました」「当たっていただくよう」などというあくまでお伺いをたてるようなもの言いが引っかかりましたが、とりあえずM氏からW氏に「注意を促してきました」ということだったので、その点はよかったと思いました。ですので、以下のメールを送りました。

5/19 19:27
 
M先生
ccH先生、P先生
 
指導教官変更、無事に許可され、ほっといたしました。
 
M先生、
W先生へお話しいただき、ありがとうございます。
今後、また何かありましたら、ご相談させてください。
 
改めて先生方、すぐに対策を講じ、ご協力いただき、どうもありがとうございました。
独りで途方にくれていたので、ご相談させていただけて、とても助かりました。
新たな環境の中、無事、勉学に集中できそうです。
 
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

 M氏は回答書でこのメールを取り上げ、わたしが感謝し満足していた、ハラスメントへの対応は適切だったと主張し、早稲田大学もそのままそれを証拠としています。ですが、わたしがこのときを含むメールで書いた感謝の言葉は一貫して〝指導教員変更に尽力してもらったこと〟に対してのものでした。対処療法的に講じてもらった対策はひとまずうまくいったようだから、それに感謝を述べたのです。それによって、W氏からのセクハラ被害に関する対応にすべて満足していたと受け取られるのは不本意ですし、そう受け取るのはさすがに無理ではないでしょうか。文学を専門とし言葉を厳密に扱う仕事をしているはずのM氏が、なぜそのような雑な受け取り方をするのか理解できません。

 教員に何かやってもらったら学生が感謝の念を表明するのは礼儀として当たり前です。まして、このときのわたしはM氏のメールによって幾重にも「指導教員変更で先生方に負担をかけて申し訳ない」と思わされ、恐縮していました。また、わたしは将来、文学業界でやっていきたいと考えていましたから、大学での人脈を大事にしなければとも思いました。そういう思いもあって丁寧なメールを考え考え書き送ったのに、それを意に反する証拠として使われるのは罠にはめられたような気持ちです。 

 わたしはこのメールのなかで「今後、また何かありましたら、ご相談させてください」という一言を付け加えています。これは、もしかしたらまた何かあるかもしれない、という不安を感じていたからでした。指導教員変更はできたけれど、W氏は大学に居続けるのだし、誰かから、あるいは大学から、強く意見されない限り態度をあらためないのではないか、と感じていました。M氏らの認識と違い、新しい環境で勉学に励めたとしてもそれとセクハラ問題とは別で、わたしの中では何も終わっていませんでした。

   

   

   

第6 抗議・中退

 

 

 

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