本会代表である深沢レナさんが原告となった早稲田大学セクシュアルハラスメント裁判(事件番号:令和5年(ネ)第4144号)控訴審判決が、東京高等裁判所にて言い渡され、同日、記者会見行いました。以下はその記録です。
     

■判決日時・場所

2024年2月22日(木)15時00分(717号法廷にて、東京高等裁判所・第24民事部)

■記者会見日時・場所

2024年2月22日(木)17時30分~(司法記者クラブにて)

■登壇者

深沢 レナ 氏(原告・元大学院生・詩人)

鈴木 悠太 氏(弁護士)

内藤 忍 氏(独立行政法人 労働政策研究・研修機構 副主任研究員)

※ 深沢さんの代理人である山本裕夫弁護士は体調不良のため登壇できませんでした。

     

※ 内藤氏配布資料はこちらからダウンロードできます。

     

【目次】
事例と判決の解説(鈴木悠太弁護士)
①事件・裁判の概要
②時系列
③一審判決
④控訴審判決
高裁判決を受けてのコメント(原告:深沢レナさん)
専門家の意見——セクシュアルハラスメントの民事救済における課題(内藤忍さん)
質疑応答

     

     

 事例と判決の解説(鈴木悠太弁護士)

     

弁護士の鈴木と申します。私はこの裁判の代理人ではなく、代理人の先生がおられたのですが、体調の面で今日参加できなくなり、私は普段労働関係を専門にしているのですがハラスメント関係を扱うことが多いということで、今回の記者会見に同席することになりました。

     

①事件・裁判の概要

     

まず、事案の概要と判決の大雑把な内容を説明させていただきたいと思います。

     

原告は、控訴人でもある深沢レナさん。平成28年4月に早稲田大学の文学学術院大学院修士課程、現代文芸コースに入学し、平成30年3月に退学されています。

     

被告は個人と法人がいまして、個人の方はハラスメントの加害者であるW氏。当時現代文芸コースの教授で、平成29年4月までは深沢さんの指導教員をしていました。もう一つの被告が、早稲田大学です。主にM教授・I准教授に関して、深沢さんから相談を受けたり、対応していく中で不適切で違法な行為があった、とこちらは主張して大学の責任を追及しているということになります。 事案の要旨としては、原告が大学院に在学中、指導教員であったW元教授からパワーハラスメントやセクシャルハラスメント、またアカデミックハラスメントを受けて、大学がこれらのハラスメントに対して適切な対応をせず、二次被害を与えたことによって精神的苦痛を受けたとして、W教授・早稲田大学に対し、連帯して550万円の支払いを求めた事案になります。

     

また、その他に、原告が退学をした後、大学の方に相談をして調査を求めたところ、大学は被害回復に尽くすべき義務があったのにそれを怠ったということで、大学に対して別途110万円、慰謝料100万円の支払いを求めていた事案になります。

     

②時系列

     

平成27年9月に、深沢さんはこのコースの受験をして合格されます。入学するのは28年4月ですが、それまでの間もW元教授から案内を受けて、W元教授の授業を聴講するというようなことをしていました。

     

それから、時期は特定されてないですけども、外見について「かわいい」など発言するといったようなことがありました。12月3日には電車内で身体を接触させる、12月10日には飲み会で頭や肩を触る行為をするというようなこともありました。入学後、28年4月頃授業中には、原告が雨に濡れながら授業に来たとき、W元教授から「服を着替えなさい」と指示されて、上着を脱いだところ、「上着の下が裸だったらどうしよう」という発言をされました。

     

平成29年4月20日には会食中に、「将来についてどうするんだ?」という話をする中で「卒業したら俺の女にしてやる」という、本件「俺の女」発言というものがありました。原告はすぐに、異性として見られている・性的に見られているということに気づいて、他の学生のところに相談をしに行ったということになります。

     

その後、4月22日にT助教にハラスメントの相談をしたり、さらに4月24日には、原告と友人の学生と2人でM教授にハラスメントを相談しました。これが本件「相談行為」ということで問題になっています。このときにM教授から「面倒なことは嫌だな」というような発言や「セクハラはもっとすごいやつだ」「原告にも隙があった」「原告の視線の動かし方が異性を勘違いさせてしまう」といったような発言や、「ハラスメント問題が外に明らかになれば、結構叩かれちゃうことになるかもな」というような後ろ向きな発言もありました。原告は指導教員を変更することを希望しました。

     

5月6日から指導教員を変更するために手続きをしていく中で、5月11日、M教授から「あまり広まらないようにした方が良いと思いますので慎重にしてください。私・H教授・P教授の範囲でできれば止めたいです」という、原告からすると隠蔽するような発言がありました。5月15日には原告に対して「W教授に対するお詫びの言葉があると良いのではないか」というような発言もありました。

     

その後、指導教員は変更され、W教授はM教授から、原告に接触しないように注意を受けるんですけども、5月の後半にはたまたますれ違った際に、「卒業は大丈夫なんですか」「単位は大丈夫なんですか」と声をかけてきたということもありました。

     

もう1人問題となっているI准教授は、11月頃、セクハラの注意喚起をしようとしていたT助教に対して発言を控えるようにと求めるような出来事もありました。平成30年1月には、I准教授が原告に対して、W元教授にお礼を述べることを求めるような発言もありました。

     

こういったことがあり、原告は3月末に早稲田大学を退学しています。その後、原告はハラスメント防止室を訪問してこのハラスメントの相談をすることになります。その中でも不適切な対応があったというところも、今回こちらは不法行為などとして主張しているところになります。

     

③一審判決

     

令和元年6月に、東京地方裁判所に提訴して、昨年4月6日に第一審判決がありました。一部認容で一部棄却というような内容です。第一審判決の主文としては、被告らは連帯して55万円、これは慰謝料50万円と弁護士費用5万円——これはW元教授のハラスメント行為について言ったものです。2番目として、大学は5万5000円、慰謝料5万円と弁護士費用5000円を支払え——これはM教授の不適切な対応についてということになります。

     

原告としては、やはり「支配従属関係」が構築されていき、その中で起こったハラスメントであるということを強調して主張していました。ただ、一審判決は、入学面接の際などから聴講すべき授業をW元教授が命令していたじゃないか、というようなところについても、「従う義務はなく、聴講を命じたとはいえない」とし、他の教授が原告の指導教員を引き受けなかったために、自分が指導教員になったというふうに虚偽の説明をして恩を着せるようなことをしたじゃないか、ということに対しても、「そういう事実は認定できない」としています。

     

そういった行為によって、原告としては、指導教員と大学院生としての地位よりもさらに強い支配従属関係を構築していった、ということを主張していたんですけども、一審はそのような関係を否定しました。もっとも「指導教員が学生に対し、著しく優位にあることは明らかである」として、それを前提にハラスメント行為を認定しているということになります。

     

行為としてはたくさんあるんですけども、一審判決で認められたものとしては、行為が認められてもそれが不法行為とまでは言えないというような認定もたくさんされています。その中で違法性が認定されたのは、本件授業時発言(「上着の下が裸だったらどうしよう」というもの)については、「社会通念上許容される限度を超え、人格権を侵害し違法」であるとしました。

     

また、本件「俺の女」発言についても、原告を性的な観点から扱うもので、原告の意思に反して許容しがたい性的な不快感を与えるものであって、社会通念上許容される限度を超えて人格権を侵害した、と判断しました。

     

M教授の行為については、主張していることはいろいろあるんですけども、認められたのは、「セクハラはもっとすごいやつだ」とか、「原告に隙がある」というような2次加害行為。ここについては、原告の学習環境が損なわれることのないように、原告の申告に対し適切に配慮する義務に違反した、ということで、一部違法性を認定しています。ただそれ以外のところは、違法性のところは認定には至っていないというところになっています。

     

以上から認められたところから一審判決は、W元教授の行為については慰謝料50万円。原告の方は損害として退学を余儀なくされたという精神的苦痛まで主張してたんですけども、そこの因果関係は認められず、慰謝料として50万円と、M教授の行為については慰謝料5万円が認められたにとどまる、ということになります。

     

④控訴審判決

     

本日あった高裁の判決では、慰謝料が増額しています。まずはW元教授の行為については連帯して88万円(慰謝料80万円と弁護士費用8万円)で、大学については、11万円(慰謝料10万円と弁護士費用1万円)、これはM教授の行為についてが認定されました。

     

一審判決と控訴審判決で何が違うのかというところなんですけども、W元教授が原告に対して「他の指導教員が引き受けなかったから自分が指導教員になった」という説明をした点を、一審では認められていませんでしたが、高裁判決では認めています。

     

また、一審では、支配関係について原告の主張をあまり取り合わなかったんですけども、ここについては、「大学院における指導教員が学生に対してどういった権限を有していて力関係にあるのか」という一般論や、恩を着せられるような発言があったようなところ、また、飲み会に誘われるなどしていたことから、原告は自分がW元教授に目をかけられているものと認識していたため、さらに本音や言いたいことを伝えられないということが起こってもやむを得ない関係にあった、と認定しています。

     

行為としては、一審が認めた本件「俺の女」発言、あとは授業中の発言にプラスしてもう一つ、食事に度々一緒に同席することを要求されて、その中で自分の食べかけのものをシェアして食べさせられする「食事シェア」行為についても違法だというところが認定されています。

     

控訴審判決で、違法行為として追加で認定されたのはその点になります。

     

あとは、損害額に直接影響しているかはわからないんですけども、一審では違法とまでは判断されなかったM教授のところについても、ハラスメント防止室への相談について消極的な意見を表明したことが、「適切配慮義務を負う者として不適切な対応であった」というところ。ただ、「違法とまでは言えない」とはされてるんですけども、不適切な対応であったとは認めていることになります。

     

最後に、控訴審判決の中で、ちょっと問題と言わざるを得ないところを指摘しますと、退学した後に、ハラスメント防止に相談をし、調査を求めた点については、「相談調査への対応については、基本的に大学に裁量がある」と言われてしまっているというところは問題かと思っています。

     

総じて、一審判決から控訴審にかけて、原告の方は、一審判決が、一つ一つの行為を個々に捉えて、それが一つの行為として、やりすぎてるのか/やりすぎていないのか、と、一つ一つ切り分けて見ていくという判断手法をとっている点について、「そうではなく、最初の聴講のときから、どんどん支配的な関係が作られていき、その中で行われた一連のものなのだ」というところを控訴審でも強く主張していたところなんですけども、控訴審も総じて見ると、やはり個々の行為に着目しているところが大きいのかなというふうには思っています。その辺は原告や内藤さんの方からも指摘していただきますけども、この裁判でも、日本の裁判の現状、問題点が現れたんじゃないかなと思っています。

     

     

     

高裁判決を受けてのコメント(原告:深沢レナさん)

     

お集まりいただきありがとうございます。原告の深沢レナです。

     

鈴木弁護士から説明があった通り、高裁にてある程度の前進はありました。

大学院においては、教員と学生間に著しい力関係の差があって、学生がはっきりとNOを言えないこともありうるということが強調された点は、地裁よりも改善されたと思います。しかしながらそういうふうに強調されたにもかかわらず、新たに認められたハラスメント行為が多いとは言えず、教員が学生の体に触れるような行為も、なぜかセクハラとは認められませんでした。いまだ女性が少ない裁判所では、ジェンダー感が著しく遅れてるんだろうと感じざるを得ません。

     

また、大学の調査で明らかにされなかった不透明な事実も、裁判で最後まで開示されることはありませんでした。自分の遭った被害について真実を明らかにしたいという当初の思いは、残念ながら果たすことはできませんでした。

     

司法においても、こういった点は改善していかなければならないと同時に、大学で被害に遭った学生が裁判で解決することの限界というものを感じざるを得ません。

     

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高裁で早稲田大学は加害教授の暴言を、「学問の自由」だと述べて擁護しました。

     

確かに教員の自由も大事だと思います。ですが、教員の自由を守るために、学生の自由を侵害してしまっては本末転倒です。教員によって学ぶ権利を踏みにじられた学生に向かって、「学問の自由」などと高々と語ってしまうその矛盾、その自覚のなさに恐怖すら覚えます。

     

加害者は事件後も本を出版していると聞きました。わたしは2018年に本を出して以降、自分の執筆に集中できていません。加害者は解任の際に退職金を受け取っていますが、中退した私には授業料も入学金も返ってきません。なぜ、加害した側は、裁判などあたかも他人事のように適当な書面ばかりを提出しておきながら、仕事を普通に続けて、業界にも受け入れられている一方で、被害を受けた側は、業界から敬遠され、孤立しつつも、再発防止のために世間に訴え続け、無償で働き続けているのか。そして、そんな被害者の善意の行いに対して、どうして大学や関係者たちは誠意ではなく批判で応えるのか。再発防止や被害救済ではなく、自分たちの責任を最小限に抑えようとばかりしている大学が、本当に学生の学習権を守れるのか、甚だ疑問に思います。

     

教員や学生に対して性暴力の意識啓発を行わなければいけないのは、本来被害者の役目ではなく、大学の仕事です。にもかかわらず大学は十分な知識を持っていません。一審でも控訴審でも、わたしは性暴力やハラスメントの専門家に依頼し、意見書を提出しました。しかし、大学は専門家たちの意見をまるで無視しています。専門家たちが指摘している問題点を頑なに認めようとしない大学が、どうやって今後、性暴力の被害を防げるのでしょうか?

     

わたしには大学から一切のサポートも救済もありませんでしたが、今後日本の大学に必要とされるのは、学生教員に対する啓蒙や被害者へのサポート体制の充実です。被害を受けた学生側が、教員たちに頭を下げてゼミを変更してもらったり、大学内で加害者と出くわすのが怖くて通学できなくなってしまったりといったことは、本来大学が防がなくてはならないことです。学生が中退した後も裁判をしながら、カウンセリングに高額を費やして通い続けるなどといったことは、あってはならないことです。こういった最低限の整備の必要性は、メディアの方々にもぜひ強調していただきたいと思います。

          

     

つい先日、都内のカフェで作業をしていたとき、隣の席にいた大学生が雑談しながら、「俺の女」という言葉を口にしました。それを耳にした私は、その瞬間、硬直して動けなくなってしまいました。セクハラの被害に遭ってから、もう7年の月日が経とうとしているのに、ちょっとそのセリフを耳にしただけで、未だに動揺してしまうことが悔しくてたまりません。

     

今日で一応この裁判は一区切りを終えますが、裁判が終わったからといって傷が癒えるわけでは全くありません。

     

性暴力は被害者に深い傷を残し、アカハラは学生の夢を踏みにじります。

     

大学という学ぶ権利が保障されているはずの場所で、教員から性暴力が行われるなどということは2度とあってはならないはずです。

     

学生であった被害者が裁判を起こし、こうして記者会見をするということが、わたしで最後となるように、どうか皆さん自身の手で社会を変えていただきたく思います。

     

     

また、最後になりますが、長年わたしの代理人を務めてくださった山本裕夫弁護士は、昨年より体調を崩されて、本日はこの場に来ることができませんでした。告発から今まで、目の前が真っ暗になることもありましたが、自らの体を削ってまで弱者に寄り添い続ける山本さんをはじめ、家族や友人、支援者たちが手を差し伸べ続けてくれたからこそ、わたしは立ち上がり続けることができました。

     

そういった善意の持ち主がいるということは、希望であると思います。

     

皆さんもどうか、周りで声をかき消されそうになっている存在に、手を差し伸べていただきたいと思います。

     

     

     

セクシュアルハラスメントの民事救済における課題(内藤忍さん)

     

それでは、私、労働政策研究・研修機構の副主任研究員の内藤から、セクシャルハラスメントの民事救済における課題についてお話したいと思います。

     

私は労働法が専門でして、仕事の世界におけるハラスメントを専門としている者です。今回の事案を受けまして、セクハラの民事救済の仕組みや立法の問題について、少しコメントいたします。

     

①セクシュアルハラスメント訴訟における賠償金の低さ

     

まず一つ目は、訴訟における賠償金の低さです。今、ご紹介があったように、本件では、55万、88万、11万といった金額が認容されたわけですけれども、日弁連の2022年の調査によりますと、これは弁護士さんがそれぞれのお持ちの事案について回答したものでしたが、加害者に対する請求額の多くは200万円以上だったにもかかわらず、実際に認容された額は、200万円未満(50万円から200万円未満)というのがほとんどだった、と報告されています。そのように、日本におけるセクハラ訴訟における認容額は、大体100万前後が多いかなという印象があります。

     

一方イギリスではどうかというと、イギリスでは雇用審判所というところが仕事の世界のハラスメントを紛争解決しているわけですが、そこで差別事案の補償金というのは、他の不公正解雇事案などと異なり、上限が設けられていません。さらに、2002年にVento事件という判決が控訴院(高裁)であったのですが、ここでは差別事案の補償金について目安を出す、ということをしました。そして裁判所がVento bandsという、Vento事件で示された目安を示して、毎年4月に物価に合わせて増額していくということをしたのです。Lower bandとMiddle band、Top bandがあるんですけど、このような目安だけでも、日本との大きな金額の違いが見て取れると思いますし、さらに、上限がないものですから、この最高の5万6200ポンド以上も当然ありうるという設定になっています。賠償金が低くならないよう、政策的にこのような対処がされているということがあります。

     

     

     

②現行法では裁判で性差別として争えないセクシュアルハラスメント

     

2番ですが、実は日本の現行法では、セクハラを裁判で性差別として争えないという問題点があります。セクハラを性差別として禁止したり、司法救済を定める法が日本にはないんですね。セクハラ禁止を含む性差別禁止法がない。

     

本件もそうですが、セクハラは裁判で、結局、不法行為や債務不履行といった形で争わざるを得ません。しかし、そもそも性差別であって人格権侵害であるセクシュアルハラスメントの救済方法として、財産権侵害からの金銭補償を目的とする不法行為法を使用するということには限界があるのではないか、ということがかねてから指摘されています(角田由紀子弁護士2018)。裁判所が、性差別の結果との認識に立たないことで、賠償額が低く見積もられてしまうということも指摘されています。しかし日本の場合は、性差別訴訟での認定慰謝料も低いという問題も実はあります。

     

また不法行為法で争うことによって、性差別の結果の一連の行為ではなくて、不法行為に該当するか1個ずつ認定していくことになりますので、違法だと認定される行為が結果的に少なくなったり、細切れになったりすることも、低い賠償金という結果を導いていると考えられます。

     

差別やセクハラをなくすという公益的目的からすれば、欧米では当たり前のセクハラ禁止規定を含む差別禁止法の立法や、それに基づく救済(イギリスのVento bandsや、アメリカの懲罰的賠償制度)といったものが行われるようにならないと被害者は救われないと思います。

     

さらに、今回のように賠償額が低すぎると、個人が「セクハラをしない」とか、組織としても「セクハラをさせない」という動機を持ちづらく、結局、抑止効果にも欠けて、「それだったら何も取り組みをしないで、訴えられたらお金を払えばいいか」となる可能性もあります。

     

     

③教育機関におけるセクシュアルハラスメント法の不備

     

3点目は、労働法と比べて、大学等の教育機関におけるセクハラの法の不備があると思います。法がない、ということですね。セクハラを含むハラスメントは、人格を傷つけ、ときにうつ等の健康被害を引き起こす取り返しのつかない損害を生む行為なんですが、これが仕事の世界のことであれば、労働法(男女雇用機会均等法や労働施策総合推進法など)によって、被害者の事業主に予防や対応の義務が課せられています。そして、義務を履行しなければ、行政指導を受けたり、勧告を受けたりして、最終的には事業主名を公表されるというような制度になっています。

     

しかし一方、大学等の教育の場におけるハラスメントについては、生徒・学生が所属する教育機関にそのような予防・対応義務は立法上課せられておらず、国の相談機関(労働における都道府県労働局に相当)などの行政の紛争解決機関や救済制度といったものも設置されていません。ですから司法救済を仰ぐしかないわけです。

     

教員と生徒・学生の間の圧倒的な力関係の差を考慮すると、教育の場におけるハラスメントを防ぐ立法というのが急務であります。なお欧州では、労働・教育など様々な場面でのセクハラを包括的差別禁止法制のもとで規制するということになっています。これは欧州の指令によって各国が定めているものになっていまして、国際的に見ても、日本の立法が遅れているということが、本件でも明らかになっているのではないかと思います。

     

     

     

質疑応答

     

——(記者)弁護士の方か深沢さんのどちらかに伺いたいんですが、今回請求全体としては、一審よりは拡張したと思うんですが、全体の請求に比べればやはりだいぶ棄却された部分が多いかと思います。これで上告をされるのかどうか、ということと、この判決について評価できる点があれば伺えればと思います。

     

鈴木 上告理由は憲法違反だとか判例違反とかに限られてますので、事実認定や認容額について上告して争う、ということは難しいところがあると思います。なので、おそらく本人と代理人の先生で検討されても、なかなか難しいんじゃないかなとは思っています。

     

判決の中で評価できる点は、基本的には、一審判決から問題があるところがやはり目につく印象ではあるんですけども、大学の相談を受けたM教授のところで出てくる義務ですね。「学生から相談を受けた教員は、大学としても、学生の学習環境が損なわれることのないように、原告の申告に対して適切に配慮する義務を負う」と、当たり前のことではあるんですけども、ここが一審で明言されていましたが、さらに控訴審判決では、これが「適切配慮義務」という名称で呼ばれていて、そこは目新しい判断なのではないかと思います。学生へのハラスメントに対する大学の対応について、一つのきっかけになる判断はされているかと思います。

     

深沢 上告に関しては、今のところはするつもりはありません。

     

高裁で前進した部分については、さっきもちょっと言いましたけれども、大学院において、教員と学生間に著しい力関係の差があるということがより強調されました。

     

——(記者)増額の理由なんですけど、今ちょっと見た限りだと、やはりこの会食の行為をセクハラ認定したことで増額したとしか、あまり他に要素がないのかなと思うんですが。

     

鈴木 そこは判決でははっきりと書かれてないところだと思います。確かに行為として一つ増えてはいるんですけども、正直な感想としては、会食のところが認められたというところは、一つの声が認められたという前進ではあるんですけども、もっと他にもひどいと思うところはたくさんある中で、そこが認定されたからといって、金額が30万円も上がるというのは、果たしてそこによるものなのかというところは、ちょっと疑問にも思っています。なので、そもそも一審の金額が低すぎたというところかな、というふうに考えてます。どちらについてもですね。W元教授の行為に対する50万円もそうですし、M教授の二次加害に対する5万円のところに関しても、元々が低かったところが少し修正されたのではないかな、というふうに思っています。

     

——(記者)深沢さんとしても、同じような印象を持ってらっしゃいますか?

     

深沢 そうですね。新たにセクハラとして認められた部分が、食事のシェア行為という点であったのは、ちょっと首をかしげていて、身体を接触したりとか、「かわいい」と言ったりということの方が、よりセクハラとして認められて欲しかったな、と思います。どうして「食事のシェア」が認められるという判断になったのかはよくわかりません。あとは、地裁判決の際に、世間的にも、「あまりにも賠償金が少なすぎるんじゃないか」という声は多かったので、高裁ではそこが配慮されたのかなと推測しています。