記者会見記録映像

■日時・場所
2024年3月28日(木)15〜16時 文部科学省 文部科学記者クラブ

■登壇者
後藤弘子 氏(千葉大学教授、日本版タイトルナインを求める研究者の会 代表)
山下 栞 氏(Equal on Campus Japan メンバー)
深沢レナ 氏(大学のハラスメントを看過しない会 代表)
※ 山下氏・深沢氏配布資料は以下からダウンロードできます。
   

大学ハラスメント対策の抱える問題点
 

後藤弘子──司会を務めさせていただきます、「日本版タイトルナインを求める研究者の会」の代表、千葉大学の後藤と申します。よろしくお願いいたします。私も大学でずっと仕事をしてきましたが、さまざまな場面で、大学におけるハラスメント(キャンパス・ハラスメント)、とくにセクシュアル・ハラスメントについては研究対象としても関心をもっていましたし、大学人の一人としても関心をもってまいりました。

    

今日は二人の方にお話をいただくのですけれども、昨年2023年のちょうど同じ時期に、「Equal on Campus Japan」の方々と一緒に記者会見をさせていただきました。そのときは当時の伊藤孝江・文部科学大臣政務官に要望書をお渡しし、井出副大臣ともお話をしました。その結果、文科省は6月1日に、セクシュアル・ハラスメントに限りませんが、それを中心とした「性暴力等の防止に向けた取組状況調査について」という事務連絡を国立大学に対して発出し、それを受けて、9月29日、「セクシュアルハラスメントを含む性暴⼒等の防⽌に向けた取組の推進について」という通知を出しております。

    

ただ、残念ながらこの通知は主に国立大学を念頭にしているもので、なかなか進んでいない状況があります。Equal on Campus Japanも、学生や若手の研究者たちは自分たちの研究成果を出さなければいけない環境にあるので、私と上智大学の三浦まり教授とで主に活動をしてきたわけですけれども、なかなかこの活動ではいろんなことが変わっていかない。そうこうしているうちに、今日お話をしていただく深沢レナさんが中心となっていらっしゃる「大学のハラスメントを看過しない会」と出会うことができました。
    

それでこの度、私たち3団体から成り立つ「大学ハラスメント対策検証プロジェクト」というものを作り、これから活動していくということになりました。大学におけるハラスメントの対策を私たちで検証し、その結果を要望書にまとめて、文科省やメディアの方たちにお伝えしていく予定です。
    

また、「日本版タイトルナインを求める研究者の会」という団体も立ち上げて、これから活動していくところです。大学でのハラスメント対策はなかなか動きが見られないのですが、ハラスメント対策には「予防」と「起こった後の対応」の二つがある。この「起こった後の対応」が十分ではないケースが散見されます。
   

あとで深沢さんのほうからもお話がありますし、山下さんたちが何らかの形で声を上げなければいけないと思われたのも、対策が十分ではないことからきています。私は事後対応には二つの面があると思います。一つは、教員に対する処分を中心とした「加害者に対する対応」で、もう一つは「被害者に対する対応」です。
   

じつは、先ほどの9月29日の通知以降、国立大学協会の会長(兼・筑波大学学長)の永田恭介さんの名前で、10月13日に声明文が出されています。読んでみると、そこでも「教員の処分を適切に行います」ということが中心となっています。
   

私たちは処分は当然求めますが、もう一つとても大事な、被害者支援に対する適切な対応が抜け落ちているのではないか、という思いを強くしています。もちろんきちんとした事実認定をして、きちんとした懲戒処分の手続きにのせることも大事ですが、もう一方で、被害者がその大学で研究教育を受ける権利を侵害しないという点もとても大事だと思っています。
   

そういう意味で今日は、二人のお話から、いかに被害者に対する大学の対応が不十分か──不十分と言っている自分自身が突きつけられている課題ではあるのですけれども──そこを大事にしたいと思っています。
   

大学ハラスメント対策の具体的な問題点——支援者としての経験を通して
 

後藤 では、まずはEqual on Campus Japanの山下さんのほうからお話をお願いいたします。
  

山下栞──山下栞と申します。わたしはEqual on Campus Japan(キャンパス・ハラスメントと差別に反対する横断ネットワーク)の一員として活動しておりました。このネットワークでの活動の経験と、一個人の支援者としての経験を踏まえて、キャンパス・ハラスメント対策の問題点について今日はお話をさせていただきます。
  

まず、Equal on Campus Japanの活動について振り返りつつお話しいたします。現在は活動停止中になっているのですけれども、私たちは問題意識を共有する所属大学や専門・立場の異なる個人と賛同団体から成っています。立場としては学部生だとか院生、卒業生、ポスドク、若手教員などもたくさんいるのですけれども、いずれの人もハラスメントを専門に研究しているというわけではありません。それぞれが問題意識をもって、「これを何とかしなければいけない」という支援者としての立場から集まって、ネットワークが結成されていました。
  

その背景には、いま全国で発生しているキャンパス・ハラスメントでは、個人の被害当事者や個別の支援者団体が、その個別の問題だけに対して頑張らなければいけないという状況がずっと長く続いていることがあります。ハラスメントを実効的に根絶していくためには、それぞれが団結をして、それぞれが培ってきた経験値とか人脈を生かしながら、ハラスメントに反対する動きを大きく見せていくことが必要であると感じました。そうでなければ、なかなか政治も大学も動かすことができない状況です。そのため、私たちが本当に協力し合えるための一つのプラットフォームとして、ネットワークを結成しました。
  

Equal on Campus Japanの活動経緯


2022年の8月に私たちが中心となって、Equal on Campus Japanを結成した際、私たちが最初にしようとしたことは、実現したい大学像・そしてそのために要望したいこと・要望しなければいけないことをまとめて文章にしようということでした。その文章を要望文としてホームページ上に公開したのが11月になります。そのあと後藤先生や三浦先生たちとの出会いがあってこういう路線となり、これを署名活動に発展させてはどうかというところに行き着きました。

  
そして先生方の助けも借りて急ピッチで準備をしながら、2023年の1月27日にChange.orgで署名活動を開始することになりました。そこでは国、文科省、大学にそれぞれ実効的なキャンパス・ハラスメントの対策を求めるという内容の署名をしました。(参考:キャンパス・ハラスメント 学生らの団体、国に「実効性ある対策を」、朝日新聞デジタル)
  

これを3月27日に提出することになるのですけれども、その際には伊藤孝恵議員(国民民主党)による、3月9日の参議院文教科学委員会での質疑応答が、私たちのなかでは追い風になりました。「学生をハラスメントから守る義務は大学にある」という答弁を当時の文部科学大臣から引き出すことができたことは、私たちにとってとても大きな追い風になったのです。そして3月27日に文部科学省で署名を手交して、記者会見を行いました。このときには、2万3000筆くらいの署名を提出させていただきました。その後2023年の5月に最初に執筆した要望文を各大学に公開質問状の形で送付しまして、現在に至るまでレスポンス待ち、という状態になります。
  

伊藤孝恵議員(国民民主党)による参議院文教科学委員会での質疑応答


そして2023年の10月以降、私たちはいったんここで活動の区切りをつけて停止中、ということになっています。文部科学省の国立大学に対する動きについては先ほど後藤先生からご紹介のあったとおりです。
  

最も権限・責任がない人間が最もつらい仕事を押し付けられているという不当さ


山下 Equal on Campus Japanの一員として一年ほど活動しながらずっと感じていたことは、最も権限や責任のない人間が最もつらい仕事を押しつけられている状態なのではないか、ということです。その仕事を専門にしているわけでもない状況のなかで、学生や若手研究者の自主的な活動でできることは本当に限られているということを、いろんな場面で実感せざるをえませんでした。希望の見えない、時間的・経済的な余裕のない人たちがそれでも何とか変えなければいけないという状況のもとに集まり、頑張って活動しなければいけない。
  

また、私たちは支援者という立場から活動していましたが、支援者として応答できる部分が非常に少ないということへのフラストレーションをつねに感じざるをえない状況でした。Equal on Campus Japanに所属する形で支援を続けている人は、多くの場合、被害当事者に共感している人や、すでにキャンパス・ハラスメントで傷ついた過去を持っている人でした。なので、できるかぎり力になろうという思いはあったのですけれども、それは同時に、大学側の制度的な不備ゆえに、カウンセリングもしくはケアの役割が善意の学生に押しつけられてしまっている構図になるのではないか、ということも感じていました。
  
そして、これは今日来てくださっているみなさんにも一緒に考えしっかり受け止めていただきたいのですけれども、キャンパス・ハラスメントに関する報道があったときに、個別のハラスメントの事例がどうしてもゴシップ的に取り上げられてしまうことも、この問題を根本的に解決していく上でかなり難しいと感じる点でした。
  
どうしても個別の事案に対して被害当事者がそれを告発するという形でしか問題提起がされない、問題が発覚しないという状態がいまも蔓延していると思います。この告発というフォーマットに頼らない視点を全員で育てながら、制度的問題としての背景知識をもとに応じていく、そのための土壌を作っていくことを皆さんと一緒に考えていければと思います。これをさぼっていては、私たちは被害当事者・被害学生に問題解決の責任を押しつけ続けてしまうことになるのではないか、と考えています。
  

個別事案の支援経験を通して明らかになったこと


山下 ここからは私個人が支援してきた経験を通して、大学の中でのハラスメント対策に関する問題点について、主に5点くらいお話をしたいと思います。資料のほうでもまとめていますが、これは学生が被害を受けた場合にたどるフロー、その順番に即してまとめています。

  •  まず、事案が発生したとき、ハラスメントの被害を受けてしまったときに、そもそも相談の窓口が適切に案内されないという事態が起こってしまっています。学生から相談を受けた教員や職員たちにも専門的な知識がなかったり、窓口にどうやって接続していいかを十分に理解されていなかったりする場合が多いです。被害を受けた学生は、「被害を受けたら相談してください」と大学側からアナウンスされることはあっても、そもそもきちんと相談の場所にたどり着くまでに気力を削がれてしまう、ということが起こってしまっています。
  •  次に、被害状況をまとめる作業も本当に多大な負担であるという事実をみなさんに共有していただきたいと思います。何とか頑張って相談窓口や相談できる場所・人にたどり着いても、「調査が必要になります」となったとき、そのための資料をまとめなければいけません。いつどういうことがあって、どれがハラスメントに該当するかということを、被害を受けた本人が、自身の記憶を頼りにしたりメールなどの記録を見返したりしなければいけない。そういう作業を通して、もう一度資料にまとめないといけない。たとえば、支援者の学生の協力を得られて、一緒にその作業ができる場合は本当にラッキーであって、大抵の場合は、被害を受けた学生が一人で全部しなければいけない。そういうことが強いられていることになります。
  •  調査の段階に入っていくときに、相談後の手続きとか、調査による情報共有の範囲が学生には十分に伝達されないということも往々にして起こってしまっています。申し立てをして、調査に進んでいったときに、いま調査がどのような段階にあるのか、そして誰にどんなふうに情報が共有されているのかを学生が知ることはほとんどできません。当然、学生にはこれからどうなるのかがわからない。学生生活に対して強い不安感を抱くことになりますし、もしかしたら加害者から報復があるのではないかと考えながら学生生活を送らざるをえない状況になってしまいます。
  •  また、二次加害、被害者非難にあたる言動も横行してしまっているのが悲しい現実です。窓口で相談したときの相談員、相談を持ちかけた教員や学生にいたるまでが、被害者非難や問題を矮小化してしまうことが跡を絶ちません。これによって、ただでさえハラスメントの被害を受けて傷ついている当事者学生がより孤独感に苛まれたり、「自分の判断が間違っていたのではないか」と自分自身を責めてしまったりすることが起きてしまいます。「もう少しうまく立ち回ればよかったのではないか」とか「自分が我慢すればよかったのではないか」と自分を責めてしまうパターンが本当に多くあります。
  • たとえこれら4点の、本当に大きな心理的な負担や困難を乗り越えられたとしても、被害が適切に評価されなかったり処分されなかったりすると徒労感・絶望感を感じざるをえない状況となります。そもそも、申し立てがハラスメント認定されなかったり、明らかにセクシュアル・ハラスメントや性暴力に当たるような内容であってもそれが認められないという事態が起きてしまう。または被害が認められたとしても十分に学生が納得できるような処分が下されなかったりというケースが非常に多いです。

 
結果として、大学がもっているキャンパス・ハラスメントの問題解決のシステムが、学生にとってまったく使い物にならないものになっているという事態が起きてしまっている。またそれのみならず、被害当事者への補償という観点も、ここからはすっかり抜け落ちており、大学のハラスメントの問題解決のシステムは被害者にさらなる負担を強いるものになってしまっています。 
 

今後の調査・制度的改善に向けて

 
山下 ここまで私の経験をもとにお話をさせていただきましたが、今回新しく「大学ハラスメント対策検証プロジェクト」が立ち上がるのに際して、最後にお伝えしたいことをお話しして終えようと思います。

これまでの活動を通して実感してきたことは、既存のキャンパス・ハラスメント対応のシステムには、学生からの視点が決定的に欠けてしまっているということです。事案発生から相談申し立て、調査、処分に至るまでの大学内での対応システムのあらゆる段階で、被害学生の心理的負担が無視されてしまっています。
 
それはハラスメントを受けたことによる苦痛にとどまらず、今後の学生生活がどうなってしまうのかわからないという不安や、せっかく学びたいことのために入学した場所で不当な扱いを受けてしまったという絶望感、そして周りに仲間がいないように感じてしまうような孤独感など、枚挙にいとまがありません。
 
またシステムの中で足りていないのは、こうした心理的観点からのケアの部分だけでなく、学業面でのサポートや、ハラスメント認定後の被害の補償も同様に足りていない状態です。一刻も早く学生の要望に寄り添い、それを基準とした問題対応のシステムを構築しなければならないと思っています。
 

そのためにも、学生や卒業生、そして以前学生だった人たちにも対象を広げて、実態調査をしていくことが不可欠です。文部科学省がこれまで行ってきたような、大学というか組織のみを対象としたアンケート調査では見落とされてしまっている声自体に耳を傾けなければいけない時が来ているのではないでしょうか。ハラスメントを受けて苦しんだ人たちの多くは、すでにこうした議論の場から退場させられている、沈黙させられているということについて、私たちはあらためて認識しなければなりません。行政の対策と現実の問題点のギャップを埋めていくためにも、日本のキャンパス・ハラスメント対策の抜本的改革を実現する実効的な法整備、そして被害者の視点に立った支援救済のシステムの構築が必要なのではないかと考えています。
 

大学でハラスメントの被害に遭うと……被害当事者の立場から


後藤──ありがとうございました。
 
では引き続いて、「大学のハラスメントを看過しない会」代表の深沢レナさんからお話をいただきます。やはり大学の対応が不十分だったために、司法救済という道を選択せざるをえなかったのが深沢さんのケースです。裁判が一応終了した今の状況においても、やはり救済されないものが残っているなと私は思っております。ではよろしくお願いいたします。
 
深沢──大学のハラスメントを看過しない会の代表、深沢レナと申します。山下さんから丁寧にご説明していただいたように、キャンパス・ハラスメントの対策にはたくさんの問題点があります。私は実際にその被害当事者として経験した立場から説明していこうと思います。
 
配付資料の中に、「大学でハラスメントの被害に遭うと……被害当事者の立場から」というプリントがありますので、そちらをご覧いただきながらお聞きください。
 
まず概略ですけれども、私は大学院在学中に指導教員であった文芸批評家からハラスメントの被害を受けました。被害の詳細については、看過しない会のホームページに陳述書がありますので、そちらをご覧いただければと思います。大まかに言うと、2015年に私が大学院の聴講を始めて、複数のハラスメント行為を受けたあと、2017年に指導教員から「俺の女にしてやる」という発言を受けたという流れになります。当時の私は、そう言われたあともどこに相談したらいいのかがわからなくて、同級生と一緒に当時のコースの主任であった教授のところに相談しに行きました。ですが主任は、被害者である私に寄り添うどころか、「面倒事は嫌だ」とか、「君に隙があった」とか、「大したことじゃない」といったような、典型的な二次加害発言を繰り返しました。いまでこそ、私はこれが二次加害だったということはわかりますが、当時の私はそれが二次加害に当たるということも知らず、「自分がいけなかったんだ」と考えてしまいました。
 
その後、ほかの教員たちにも相談し、何とか指導教員の変更、ゼミの変更には至ったのですけども、変更したことでまるで私が迷惑をかけてしまったかのように、私からそのセクハラをした加害者に謝るよう指示されたこともありました。またコース内の別の教員は、加害者のことをかばって、周囲にセクハラ事件について口止めをするなどもしていました。また加害教員に対しては私への接触禁止の措置などがまったく行われていなかったので、その後も私は大学内で直接遭遇してしまったりして、だんだん怖くなって、次第に授業に行けなくなりました。
 
被害に遭ってからも授業の出席を免除されるといったような、大学からの学業的なサポートもまったくありませんでした。結局、修士論文だけ提出し、出席不足で、2018年の春に中退となりました。
 
そういうわけで退学をしたのですけれども、退学してすぐに、早稲田大学のほかの学部のセクハラの記事を見て、私は「自分の件もこのままになってしまっては、また被害者が出てしまう」と思い、立ち上がることに決めて、そこで初めてハラスメント相談窓口というものに相談してみようと思ったわけです。
 
しかし、電話をして「相談したい」と言ったところ、相談員には名前を聞いても名乗ってもらえない。もちろん私や、加害者の情報については聞かれるのですが、「中退者の相談には答えられない可能性がある」と言われたり、窓口では相談の録音を禁止されたり、被害の内容について詳細に話したにもかかわらず、終わったあとには「いま話したことを全部書面にまとめて、再提出しに来てください」と言われたりしました。
 
そういうさまざまな対応から、被害者の負担があまりにも考慮されていないんじゃないか、と感じ、大学に直訴しました。その頃からはメディアにも相談して、「プレジデント・オンライン」というメディアから告発をしたことで、大学はわりと迅速に調査の場を設け、加害教員は解任となったのですが、それも退職金付きの解任であって、懲戒処分ではありませんでした。
 
また二次加害をした教員たち——私に隙があった」と言った教授や、口止めしたがっていた教員——はともに「訓戒」にとどまり、変わらず教壇に立ち続けることになりました。その後も私は代理人弁護士を通じて大学に意見を申し入れましたが、結局受け入れられることはなく、一方的に終了とされてしまいました。大学で教員から性暴力の被害にあった私が、大学から何らかの救済措置や補償を受けることはまったくなく、被害者はまるで蚊帳の外にいるかのようでした。
 
そのため、2019年に私は加害者と大学を相手に提訴をしたのですけども、裁判はやりたくて始めたわけではありません。裁判しか助けを求める術がないからせざるをえなかったのです。弁護士費用や専門家の意見書執筆代などはもちろん自費ですし、私みずから証拠集めに走り回り、忙しくて仕事も減らさざるをえなくなりました。ハラスメントについての資料をみずからたくさん読み、膨大な量の書面を提出してきましたが、早稲田大学はこれからどのような教育現場を作っていきたいのかというような前向きなビジョンを提示することはなく、自らの責任を最小限にすることを優先しているように感じました。被害者ばかりがハラスメントに詳しくなっていくことには、徒労感を覚えざるをえませんでした。
 
また裁判の尋問の場では、加害者も来ていたわけですけども、加害者の弁護人から「あなたが派手な服を着ていたからではないの?」といった、もう典型的な二次加害に当たる質問を公然とされました。早稲田大学は、尋問に限らず、書面でもずっと私のほうが「攻撃」しているかのように、私を批判し続けてきました。そうして積み重なった心理的負担はとても重く、裁判が始まってから私は心療内科やカウンセリングに通わなければならなくなってしまいました。
 
結局裁判は4年間続いて、先月やっと高裁で終結したのですが、大学の調査で不透明だった部分が明らかにされることはなく、一部のハラスメントや二次加害行為が不法行為として認められるだけでした。あまりにも長い裁判でしたが、多大なる努力が必要とされ、その上やっと得た賠償金というのは、授業料1年分にも満たないものでした。判決によって大学の敗訴が確定したとしても、加害者や早稲田大学はただ賠償金の支払いに応じるだけで、大学からも所属していたコースからも、私に対する直接の謝罪の言葉などは一切ありませんでした。
 
教員というのは、本来信頼すべき立場の人間です。そうした立場の人間からハラスメント行為を受けて、尊厳を踏みにじられた被害者は、生きていく上での安心感・安全感、他者への基本的な信頼感を失います。それだけではなく、ハラスメントの被害を告発することを選べば、あらゆるものを失うことになります。それまであった人間関係や仕事の人脈、持っていた夢、将来の計画、そういったものがすべて崩れ去ってしまいます。
 
たとえ被害に遭ってしまったとしても、もし大学や第三者機関がちゃんと機能しており、十分な事実調査を行って責任を取り、被害者へのサポートを提供できるような体制ができていれば、そもそも私は初めから、告発も裁判も選んでいませんでした。
 
同じく機会を奪われた、弱い立場の被害者が声を上げることで、孤立し置き去りにされる現状を放っておくのではなく、被害に遭ってしまったあとも傷が最小限で済むように、被害者目線に立った現実的な措置が取られることを望んでいます。
 
メディアの方々にもこういった問題点を取り上げていただき、世間に周知していただければありがたいです。
 

被害者の声を政策につなげていくために——大学ハラスメントアンケート調査に向けて


後藤──ありがとうございました。深沢さんのお話をあらためて伺って、私も大学にいる人間として、やはり被害者の支援は本当に不十分であって、被害者中心の支援があらためて必要だなと思いました。私のほうから最後にちょっとだけ、今後私たちが何をするのかということについてお話をさせていただきます。
 
お二人は、山下さんは支援者として、深沢さんは被害者として声を上げるということをやってきました。私たちは研究者として、大学で働く者として、やはり彼女たちや彼らの声をちゃんと聞いて、それを政策につなげていくことが必要だと思います。
 
今日の二人のお話からだけでも、何が問題で、何が必要なのかということはある程度わかるのですが、今後は、被害者の方の声をもっと聞いて、実際に何が問題なのか、何が被害者中心の対応を妨げているのかという観点から調査を行う。そういうプロジェクトを考えています。
 
大学には「安全配慮義務」があるということは公的に確立した理論となっています。その安全配慮義務に違反した場合の責任の取り方がまだはっきりしていないと思います。法的な仕組みを使った司法においては、損害賠償という形しか取れないわけですけれども、通常、たとえばDVの被害の場合、加害者の責任の取り方についてよく言われるのは「説明責任・謝罪責任・再発防止責任」、この三つの責任があるということです。いまのお二人の話からわかるように、説明責任も十分ではなく、謝罪責任もない、そして再発防止責任も果たしていない大学のいまのあり方を変えていかないといけない。大学によっては、たとえば広島大学が一番進んでいると言われていて、私もそう思いますし、そこで活動している方もこの研究者の会に入っていらっしゃいますが、そういう好事例を参照しながら、「なぜ私の大学でそれができないのか」を考えていくという課題が一人一人に突きつけられていると思っています。
 
いつまでにこれをする、という形ではなかなか申し上げられませんが、来年度いっぱいかけて、さまざまな調査研究を行い、そこで被害当事者・支援当事者を交えながら、学生の視点を排除しない仕組みの構築はどうすればできるのかを考えていきたいと思います。初等中等教育には新しい法律が2022年4月から出来ています。そういう意味では大学だけがその対象になっていない。また最近、国会では「日本版DBS」の導入も議論されています。それはそれで重要なことかもしれませんけれども、安全配慮義務をもつ大学が、さっき言った「説明責任・謝罪責任・再発防止責任」をどういう形で果たしていくのかを考えていかなければいけない。
 
私が代表をしている「日本版タイトルナインを求める研究者の会」について、なぜ「日本版タイトルナイン」なのか?と、初めてタイトルナインという言葉を聞いた方もいらっしゃるのではないかと思います。最後に説明をして、私たちのお話を終わりたいと思います。
 
タイトルナインというのは、アメリカの連邦法で、高等教育機関で連邦の予算で行われるすべての活動において、男女平等を求めるというものです。これは1972年に出来ていて、一昨年に50周年を迎えました【会見では「1973年」「去年」とされていましたが、文章では直しておきます】。日本でも有名なのはタイトルセブン、平等法の第七編で、これは職場におけるセクシュアル・ハラスメントについてのものです。タイトルナインは、最初はスポーツの分野での男女平等を言っていたんですが、そのあと、それを中核としてさまざまなシステムが作られることで、性暴力のないキャンパスを作るということの一つの象徴的な意味合いをもつようになりました。
 
タイトルナインにおいては、タイトルナイン・コーディネーターという人が必ず配置され、そこである意味第三者機関的な対応をするのですが、重要なのは、被害者対策をどこでも行っているということです。これは初等中等教育では必ず行われていることで、被害の申し出があったらまず、加害者と被害者を離す。そして、離した被害者については、その研究環境もしくは教育環境を保障する。このへんの視点が、いまの日本の大学には欠けています。被害者と加害者に対して、両者が遭わないよう、大学が配慮する。アメリカであれば、タイトルナインのもと、たとえばAというクラスでハラスメントを受けた場合には、Aと同程度のクラスに即座にコンバートする。移転して、そこで授業が受けられる。学生には教育を受ける権利があって、それを安心・安全な環境のなかで保障する義務が、大学にはある。その義務は日本でもアメリカでも変わらない。

このように、大学が何らかの法的な責任、懲戒処分したりするような形で責任を取る仕方以外の、被害者の視点を中核とした責任の取り方ができるようになるためのプロジェクトにしたい、というふうに思っております。
 

参考)公益財団法人 日本女性学習財団 「キーワード・用語解説」
・・・米国のTitle Ⅸなどについても簡潔に説明されています。

参考)Human Rights Now「日本の教育機関における男女平等の推進」
・・・日本におけるタイトル・ナインの適応の必要性についても解説されています。
 

以上で、私たちからのお話は終わりたいと思います。今日はみなさん、来ていただいてありがとうございました。

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