大学でのハラスメントに反対し、声を上げる学生や教員が少しずつ増えてきました。しかし、個々の事件がメディアで取り上げられても、ハラスメントの温床となる大学という環境の根本的な解決にまではなかなか行きつきません。わたしたちはそういった状況をふまえ、各大学の運動団体でゆるやかな連携をとっていく必要があると考えています。
今回は東北大学で活動している学生団体EquAllのメンバーの藍沢雄貴さん(東北大学工学部3年)と、東北大学で上司からハラスメント被害を受け、現在EquAllと連携して活動しているYさん(30代特任助教)にお話をうかがいました。
【EquAll(イコール)とは】 EquAllは、「大学においてハラスメントをなくし、大学教職員・学生が健康的で民主的な研究・就労環境の実現」に向けて活動している、東北大学の学生で構成された団体。活動コンセプトには、①ハラスメントをなくす、②学問を守る、を掲げており、団体名の「EquAll」には、Equal(対等に)とAll(すべての人に)を組み合わせた造語で、すべての人が対等に研究・就労できる環境を作るという意味が込められている。
【Yさん(30代特任助教)の受けているパワハラの概要】 ◾︎その1 契約内容をめぐっての間接的な「退職強要」 2019年6月 Yさんは東北大学に採用された。契約は主に研究目的で、裁量労働制だった。 (※ 裁量労働制・・・労働時間を労働者の裁量に委ねる労働契約。つまり、労働時間が長くても短くても、実際に働いた時間に関係なく契約した労働時間分働いたことにする制度。) 2019年6月〜 Yさんは働き始めたが、実際には研究ではなく、パンフレットの作成やインターンシップのサポートなどの運営業務をメインでやるようにと、契約と異なる指示をされた。 この業務内容のズレについて上司に確認をとったところ、「①Yさんの業務は主に教育業務で、②契約書に教育目的であることを書いてしまうと裁量労働制が適用されないためです」と説明を受けた。 2019年8月30日 Yさんは、上司2人と、上司の上司にあたる人物の計3人から呼び出され、その際、自分は研究目的で採用されたのであって、運営メインではないと上司に異議申し立てをした。すると、「スペックが合わなければさよならもいえる」などと間接的に解雇を示唆された。上司の上司は普段の業務でまず会うことのない役職者であり、途中退席したものの威圧的効果は十分だった。 2019年9月〜 Yさんはすぐに強いストレスや腹痛を感じるようになった。病院を受診したが原因はわからず、我慢して業務を続けた。その後、教職員組合に入った。 2019年12月 Yさんは上司の上司から呼び出され、「今の仕事を続けるべきか否かをよく考えてくるように」などといった間接的な退職強要をうけた。 2020年2月 団体交渉が行われた。契約に基づいて研究することが認められたほか、⑴違法であると認識した上で、研究ではなく運営業務をやらせてきたこと ⑵残業代を発生させないためにわざと裁量労働制を適用させたこと が認められた。 ◾︎ その2 研究レポートをめぐる「注意」と「厳重注意」 2020年4月 Yさんは研究をはじめるにあたって、研究レポートを上司に提出するように求められた。数十本の英語論文や先行研究をまとめる必要があったため、Yさんの見立てでは1ヶ月半かかる旨を報告したが、上司は「これくらいの作業なら2週間もあれば十分ではないですか」と期限を一方的に削減する指示をした。 Yさんは締切が早められた中でも研究レポートを提出した。しかし上司は、具体的な問題点を指摘せずに内容を否定し、受理しなかった。その後Yさんは何度もレポートを訂正して提出したが、上司の指摘は一貫して抽象的なまま、不受理とした。やがてYさんは上司に対する恐怖から提出ができなくなっていった。 2020年12月 上司は研究科内で調査委員会を設置した。Yさんはこれまでのハラスメント的対応により心身が不調であること及び、上司が主導する調査の公平性に対する疑問を訴えたが、上司は処分を強行し、研究レポートの未提出を理由としてYさんに「注意」を下した。 2021年3月 さらに懲戒委員会が設置され、上司はYさんに同様の理由で「厳重注意」を下した。 その後、Yさんはレポートについての具体的指導を求めたが、上司は具体的にどこを改めれば研究に着手できるのか明示する指導は行わなかった。
EquAll立ち上げのきっかけ——将来の自分たちも巻き込まれていく可能性
——EquAllさんの団体の設立は2021年の6月ということですが、それから短期間のあいだに団体のHPをつくられたり、シンポジウムを開催されたりしていらっしゃいますよね。団体立ち上げに至るまでの経緯を教えてください。
藍沢 きっかけは、今年の4月に、Yさんの受けているハラスメントについて話をきいて、率直に「許せない」という思いになったことでした。またもともと東北大学がブラックだということは、巷でも東北大学生のなかでも言われていて、僕も漠然と知っていたんですけど、今回実際にYさんの被害についてきいたり、他の学生と一緒に調べていくなかで、これまで数多くのハラスメントが東北大の中で起こっているということがわかりました。
——シンポジウムでも紹介されていましたが、東北大学ではかなり深刻な被害が相次いでいますね。
【東北大学のハラスメント事件】(※ EquAllシンポジウム資料参照) ・2007年 パワハラ・アカハラ(病院薬剤部教授→助手) 危険な発がん性物質の研究を教授から一方的に指示された助手が、時間外労働月100時間を超える長時間労働の末、自殺した。 ・2008年 アカハラ(理学研究科准教授→修士学生) 修士学生が、博士号取得のために、准教授に論文を提出したが受理されず、その後、添削や具体的指導を全く受けられず、将来を悲観し自死した。 ・2010年 セクハラ(教授→女性教員) 女性教員が、教授から1年以上にわたり体を触られたり、飲食にしつこく誘われたりしたほか、不適切な発言をされたりメールを送られたりした。 ・2012年 パワハラ(医学系研究科准教授→図書館アルバイト学生・職員) 学生が、准教授から土下座を強要されたほか、同准教授から暴言吐かれたことによりストレスで体調を崩した職員もいた。 ・2012年 パワハラ・アカハラ(大学当局→工学研究科准教授) 東日本大震災で研究室が全壊した准教授が、1人で研究室を復旧させられるという過重労働のなか、大学から一方的な研究室封鎖を告げられ、絶望の末に自殺した。 ・2016年 パワハラ(工学研究科教授→教員) 教授が、同じ研究室に所属する3人の教員に対し担当外の業務を強要したり、朝のミーティングで長時間にわたり大声で叱ったりすることを繰り返し、教員はうつ状態になった。 ・2018年 セクハラ(生命科学研究科助教→女性学生) 女子学生が、助教から髪を触られ、性的な言動を繰り返されたほか、深夜に研究指導を受けるなどした。
藍沢 こうしたハラスメントを行なっている人物をみていくと、大学における権力側だったり当局側の人間が多いんです。今回のYさんに対するハラスメントの中心人物は、過去の件でも中心として関わっているのですが、その人自身は大学のトップ層まで役職をあげています。結局、権力者の地位や名誉のために若い研究者や学生が苦しめられているという構造的・体質的な問題だということに気づきました。
また、そうなると将来の自分たちも研究室に入っていったときに巻き込まれていく可能性がある。でも、多くの学生たちはなかなかこういう問題を知らないですし、知ったとしても深入りしないようなところがあります。このような問題に気付いたからこそ自分たちが起ち上がり、他の学生も少しずつ巻き込んでいきながら、ハラスメントの問題解決というところを糸口にして、大学の研究・就労環境の改善に自分たちが取り組んでいくべきだと思って立ち上げました。
——じゃあ、被害者の方を身近にご覧になられた、という体験がおおきかったんですね。
藍沢 そうですね。それが一番大きいことですね。
——学生―教員間というのは分断されやすいところだと思いますが、EquAllさんのような学生団体が教員であるYさんと連携をとられているのはすごいと感じました。Yさんとしても、教員同士で「被害者の会」のようなものをつくるというよりは、学生も巻き込んで運動していきたいと考えられてたんですか?
Y 最初はそういうところまでは意識していませんでした。もともと彼らとは知り合っていたわけではなかったのですが、座談会をしたり、学生さんたちに話をしていくなかで、わたし自身支えられてきたというのがあって、今は信頼しきっています。
——職員組合や他の団体に行かれたとのことですが、職場で直接関わっていた他の教員は助けてくれなかったのでしょうか?
Y わたしのいた研究企画室という職場には、わたしの外に教員・職員が4人いたのですが、全員上司には逆えず、そこに相談をしても情報が漏れてしまう危険があったので彼らに相談はできなかったです。
研究職のはずが運営業務に——「あなた潰されますよ」
——Yさんご自身が、「あ、これはパワハラだな」と明確に気づかれたのはいつでしたか?
Y 実は、大学に入ってすぐから「何かおかしいな」ということは感じていて、まず、わたしは契約上では研究職だったんですけど、初日に上司から渡された「職務記述書」というものをみると、8割は運営業務になっていたんです。その後、上司に「実質運営は90パーセントだ(その残りもほとんど全て教育業務)」という趣旨のことをいわれて、研究をほとんどやる時間がない状況でした。それで「なんか変だな」と思っていました。
わたしが入職したのは2019年6月なんですが、その中旬に研究企画室での歓迎会があって、同じ研究企画室の同僚と事務職員の方と話していた際に「あの2人の上司に従っていたらあなた潰されますよ」といわれたんです。要するに彼らがやらなくてはならない仕事をわたしに丸投げしている。そういう話をきいて「このまま彼らの仕事を受け続けていると本当に潰されそうだな」とちょっと怖くなりました。その後も、上司から大声で「バカ」といわれたこともあったし、道理が通らないことを言われたりしたので、こちらからも「それは違うんじゃないですか?」ということを結構いったりしたんです。
そういうなかで2019年8月30日、わたしの上司と、そのさらに上司に当たる人物の二人との面会があったんです。そのときに「あなた研究職じゃないでしょ?」といわれたので、労働条件通知書にも研究職だと書いてあると伝えたんですけれど、「いやここは運営だから。文科省からお金出てるから」といわれて、「スペックあわなければさよならもいえる」とか「それあなたの被害妄想でしょ?」といった、運営業務のみを無理強いし、それに従わなければわたしをやめさせることができる、みたいな発言がありました。
その夜、腹痛とか不眠の症状が明確に出たんです。その2日後くらいに病院にいったんですけど、おそらくこの8月30日のできごとが、自分が明確にパワーハラスメントを受けている、これはきっと法的に何か問題がある行為をされていると認識を持ったところです。
——そのあとはしばらく耐え忍んで様子見をされていたんですね。そしてまた呼び出しがあったんですか?
Y 2019年の12月に再び、上司の上司に当たる人から呼び出しを受けて、「あなたの来年からの仕事は事務補佐員的な仕事になるから、あなたの研究キャリアにとってネガティブであると思っている。今の仕事を続けるべきか否かをよく考えてくるように」といわれ、これは間接的な退職強要にあたると思い、これを労働局に確認したところ、法令違反であろうと言われました。契約上わたしは単年度更新になっていないし、双方の同意なく勝手に契約内容を変更することは法的に問題がある、ということでした。
研究レポートの不受理——上司がルールそのものに
――そのあとYさんは職員組合にいって相談し、団体交渉を経て、研究業務をすることが認められたものの、翌年度からは、「上司が研究レポートを受理しない」という問題がはじまったんですね。
Y 以前はわたしの直属の上司は「特任教授」という立場の人だったんですけど、団体交渉をしてからは、上司の上司に当たる人物がわたしに直に指示してくるようになっていました。それでわたしとしても、相手がどういう出方をしてくるか様子見をしていた矢先、4月になって研究レポートの提出を求められました。締め切り設定を聞かれたので「1ヶ月半必要」とこちらが報告したところ、「そんなに必要ないでしょ?」「2週間もあれば十分」と一方的にいわれてしまいました。
それでもなんとか向こうに決められた期限内に提出したのですが、もちろん時間が足りなくて満足のいく出来になっていません。中途成果物であることは明白なのに、上司からはそういった前提を考慮せずに、「あれがだめ、これがだめ」と抽象的な否定コメントを突きつけられました。そして何度もレポートを訂正して再提出しても、「何が悪いかはお前が考えろ」といった感じで返される。論理的なコミュニケーションが通用せず、上司がルールそのものになってしまって、八方塞がりになってしまいました。
また、わたしは研究職で裁量労働制という立場だったんです。法律上では、裁量労働制の従業員に対して雇用主は実労働時間を把握する義務があるんですが、東北大ではそれをやっていない(※ 2020年12月当該研究科に対し労働安全衛生法第六十六条の八の三違反で仙台労働基準監督署より是正勧告が出された)。いくら残業しても公的な記録にまったく残らないので、過重労働にはまりこんでいく危険性があった。そういう状況で恐怖を感じました。
【労働安全衛生法第六十六条の八の三】 事業者は、第六十六条の八第一項又は前条第一項の規定による面接指導を実施するため、厚生労働省令で定める方法により、労働者(次条第一項に規定する者を除く。)の労働時間の状況を把握しなければならない。
Y こういうのは単体でみると「そういうのはあり得ること」といわれるんですけれど、組み合わせて見ると危険です。
——「単体でみると小さいことのように見えるけれど、つなげてみると大きな問題」というのはハラスメントの特徴だなと思います。もともと「”harceler”=ハラスメント(嫌がらせ)をする」という言葉は、「小さな攻撃を絶え間なく、何度も行う」という意味なので(*1)、長期的な文脈においてそれぞれの行為を解釈しなければならない。小さな攻撃の積み重ねによってどんどん逃げられない環境がつくられているのに、周囲からは大したことはないように見えてしまいがちなので、被害者が周囲からの理解を得られずに孤立していくんですよね。しかも、Yさんの場合、上司の上司のような権力を持った人間から直々に何か言われるという状況は、それだけで十分心理的圧迫感がありますよね。
Y そうですね。中枢にも権力がきく人物なので非常に恐怖感がありました。それと、「2週間あったらできるでしょ?」と言われると、こちらとしても非常に断りにくいんです。こちらの自尊心を利用するというか、「こんなのできるはずなのに、なんでできないの?」といわれたらやらざるを得なくなる。にもかかわらず、わたし自身が判断したかのように装われるのが非常にいやらしく感じました。
——それで最終的に上司はYさんに「注意」を下し、さらに翌年には「厳重注意」までもを下したんですね。こうして公的に「注意」が下されてしまうと、レポートが提出できなかったことがYさん個人の能力の問題であるかのような印象が作られてしまう気がします。実際には、どれほどYさんが心身の不調や調査の公平性に対する疑問を訴えても聞き入れられないという事実があるにもかかわらず、個人の声は組織の決定のもとではかき消されてしまいますよね。
個人が被害を事務方などに訴えた際、より高次の人がでてきて、逆に被害者が追い詰められてしまうことが結構あるようなのですが、そういうときに被害者がパニックになって怒ったり声を荒げたりすると、それをもってまた注意してくるし、同時に周囲には「被害者の方が変な人なんじゃないか?」と印象づけられてしまう。被害者というのは常に平静を保てるわけではないのに、ちょっとした悪印象で味方を失いやすいですよね。
Y そうなんです。道理を通そうとすると、圧倒的権力や数の力をもって潰してくるということを平気でやってくるんですよね。こっちは権力も持ってないし、味方もいないという状況なので追い込まれてしまいます。
——わたしの場合、2017年にセクハラされたことはメディアで取り上げられたのでわりと知られているのですが、そこに至るまでにアカハラ・パワハラがあったということはあまり知られていないんです。でも、他のハラスメントがあったからこそセクハラをされても断れない状況に追い詰められていっていたわけで、セクハラの再発防止を考える上ではアカハラ・パワハラの時点から検討する必要性がある、と訴えているのですが、早稲田大学は、ひとつひとつの行為を切り離して「◯◯は違法とまでは言えない」という言い方をしてくるんですよね。そうやって問題を分離させると、「被害者はその程度のことで大袈裟に喚き立てている」という印象がつくられてしまうし、被害者本人としても問題を矮小化されることで、「わたしが気にしすぎなのかな?」と自信がなくなってしまう。これはDV・いじめにもいえることですが、法律的にアウトかどうかにこだわってしまうと危険です。
Y 個別に分けられてしまうと、あたかも「たいしたことじゃない」というふうに結論づけられてしまうので、わたしも問題だなと思います。複合的だからこそ責任の所在が曖昧になったりする。わたしは複数の教員からハラスメントを受けていたんですけど、それぞれが別々のハラスメントを行なっていて、関連性はあるし、その発している言葉の内容も似ているんですが、じゃあ絶対に結託しているということまで立証できるかというと、相手側にしか重要な証拠・情報はない。そういう証拠の非対称性があるために、ハラスメントの行為が分散されると、被害を受けている側は立証困難になってくるんですよね。
——結託しているとしても、それぞれがギリギリのところでやめているということもありますよね。たとえば、加害者側の教員が周囲に口止めして回るとしても、「例のセクハラの事件のこと、誰にも話すなよ」とはっきり脅す人なんかいなくて、「どこで何を話したらいいかわかってるよね?」といった曖昧な言い方をするんですよね。そうすると、その言われた言葉だけを書類として大学なり調査委員会なりに提出したときに、なかなか明確な口止めだと認定されない。でも、その発言はどういう文脈において発されたものなのか、その発言によってどういう結果が生じるのかということを丁寧に見ていくと、非常に悪質な発言だということがわかります。
Y それと、大学のハラスメント委員会にしても、構成委員を調べたところ、大学は利害関係者を排除していないんです。だから、ハラスメント委員会なり懲戒委員会を、外部の第三者による構成の委員会にするよう求めていくということは、ひとつ戦略としてありますね。
——大学の調査というと、中立的で「正しい」ような気がしちゃいますけど、全然「中立」じゃないんだということを、一般に浸透させる必要があると思っています。
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