9 ゼミ選考(2016年4月〜)

 

 2016年の4月、わたしは正式に大学院に入学しました。

 同期の創作希望者はわたしの他に3人いて、その3人ともHゼミ配属でした。わたしはどうして自分も創作希望なのにHゼミに入れなかったのだろうかと改めて落胆しました。逆に、Wゼミを第一希望にしていたのに、なぜかWゼミに入れなかった██さん(甲4、46)のような同期もいました。██さんはW氏の著作を愛読しており、研究でも批評を志していたので、わたしではなく██さんの方がWゼミに入るのが自然なように思えました。

 Wゼミにはわたしの他にもう一人所属していましたが、その学生は小説の実作と批評を希望していたため、Wゼミに配属されることは理にかなっている一方、詩の創作を志していて、W氏の専門とは真逆の思想を持っているわたしのような学生がWゼミにいることは、先輩たち同様、同期たちも疑問に思っていました。██さんはWゼミに入れなかったことで落胆していましたし、逆にわたしは自分の意に反して修論で批評を書くことが義務づけされているWゼミに居続けることを負担に感じていました。創作のゼミとしてはHゼミだけでなく██ゼミもありましたから、Wゼミよりは██ゼミの方がわたしの専門に近いといえます。それに加えて、創作だけではなく批評も執筆している██くんはHゼミでしたが、明らかにわたしよりはWゼミに向いていたので(甲49)、そうしたゼミ選考の「不思議さ」について、のちに同期たちと意見を交わすこともありました。

 当然ながら、大学院は専門的な内容を研究していくところであり、自分の学びたい分野やテーマの指導が受けられるかどうかは決定的に重要だということは、早稲田大学が2018年に実施した教職員向けのハラスメントの研修において講師を務めた北仲教授の意見書でも強調されています(甲76)。しかし、W氏は『映画芸術』では、わたしのことを「大学院への合格ラインには達しています」と述べながら、前回の陳述書 (乙イ3)にて、「他のどの教員も、原告の指導は引き受けなかった事実にある。よって、私が採らなければ、そのまま原告は試験に落第する。」と述べています。つまり、この学科は、合格点に足りていようと、本人の意思は無視し、まるでオークションのように教員が取りたい学生を選ぶことによって、合否を決めていたということなのでしょうか?

 これらの点についてW氏は前回の陳述書で、「██氏は(…)わたしのゼミでは、これ以上あまり伸びないと判断した。これにたいし、原告には「原石」の可能性を感じた」と説明していますが、わたしの研究計画書も読まず、提出した作品も読んでいない状態で、二次面接だけでわたしに「伸びしろ」があるなどと、どうやって判断できたのでしょうか? 「原石」とはいったいなんのことなんでしょう? そして、██さんについて「これ以上あまり伸びないと判断した」根拠は何なのでしょう? そんな感覚的なことで合否が決まっていたのでしょうか。

 この入試選考は、学生の主体性を尊重せず、教員主体、しかも学生の実力ではなく教員による独断的な価値漬けと嗜好によって合否が決められていた、と考えざるを得ません。これでは、学生の自主的な研究志向が歪められてしまいます。

 W氏は「被告Wの希望により、強引に指導教員になったわけではない」旨を主張していますが、██さんも██氏より「原告がWゼミに入ったのはW氏が原告を気に入ったから」(甲46の3頁)、██くんも「Wさんたっての希望でね」(甲47の3頁)という言葉を助手から聞いています。W氏がわたしのことについて、「あいつは不良枠だからな。僕が教えこんでやらないといけないんだ」(甲47の6頁)、「教育し直すために入学させ、自分のゼミの所属とした」(甲49の2頁)などといっていたという証言も複数あり、少なくともW氏が積極的にわたしを自分のゼミへ取り込んだというのは確かであったといえるでしょう。

 なお、W氏は陳述書にて「一学年につき1ゼミ平均1、2名、多くて3名という申し合わせが当初から存在した」とも述べてますが、わたしがHゼミに移る際のやりとりにおいて、M氏は、2018年5月13日のメール(乙ロ12)にて、「文研の指導学生数ですが、事務に確認したところ、上限は8名ですから、人数に関しては全く問題がありません」と述べており、そのあと実際にゼミ変更が問題なく行えていることからもこの事実は正しいと思われます。W氏の陳述書の内容は信用できません。

 そもそも大学とは、学生本人の希望する研究をする自由が保障されているべき場所です。教員側が学生の希望を軽んじて一方的に道筋をきめることは、明確な学習権侵害であり、許されないことのはずです。しかもそれは学生の将来を大きく左右します。

 わたしは実際に教員による恣意的な振り分けによって将来を左右されました。先に述べた通り教員の「学問の自由」については幅広く保護しようとする早稲田大学は、なぜ学生の学習権侵害についてはいまだに不問にし続けているのでしょうか?

 Wゼミを第一希望とした██さんが、本人の希望を無視され落とされてまで、なぜわたしがWゼミに配属されなくてはならなかったのか? Hゼミにはわたしは入れなかったというのであれば、なぜ██くんではなくわたしがWゼミに回されることとなったのか? 創作も許可されているゼミが他にあるにもかかわらず、どうしてわたしのように創作を希望している人間が、その意志を無視され批評のゼミに入れられることになってしまったのか? 

 これらの疑念を晴らすには大学院入試選考の過程をあきらかにしてもらうしかないのですが、大学は拒否し続けています。

 

 

 

10 ゼミの授業(2016年4月〜)

 

 初日には授業ガイダンスがあり、全体説明が終わると、わたしともう一人の同期の学生はW氏につれられて研究室へいきました。わたしは1月の飲みの席で「病気いじり」された許しがたい出来事のせいで、W氏に会いたくない気持ちが強く、ガイダンスには遅刻していったのですが、W氏はそれに対して怒っているようでした。修論の研究計画についてそれぞれ簡単にきかれて同期が答えているとき、W氏はわたしを指さして、「俺はこいつで手一杯だからお前の面倒までは見れない」と言いました。わたしとはその日出会ったばかりの同期に対して、ことさらわたしの能力が低いと印象づけるようなもの言いをされて不愉快でした。

 履修手続きが終わると、W氏はわたしたち2人に向かって、ティッシュを買ってあとで研究室に持ってくるようにと言いました。そんな私用を命じられてびっくりしましたが、同期は言われたように買って持っていきました。それから卒業するときまで、その同期はW氏から頻繁に雑用を頼まれたり、突然電話がかかってきたりするようになりました。先のW氏の発言通り、その同期はわたしと同等の指導を受けられていないのにもかかわらず、あまりに理不尽だと思っていました。

 W氏のことを「良い先生」だと思っていた学生もいるようでしたが、W氏は相手によってかなり態度が異なりました。ある学生にとって「良い先生」が、他の学生にとっても「良い先生」であるとは限りません。たまたまW氏と波長があって、そのとき学びたいことが学べた学生にとっては「良い先生」となり、感謝されることも当然考えられますが、その学生個人の経験は、W氏が公平な教員であったことの証拠にはなりません。

 今思うとW氏は、先輩たちや後輩たちと比べて、わたしの代の学生にとりわけ厳しい傾向があったような気がします。 たとえば、わたしの同期にはトランスジェンダーの学生が2人いましたが、W氏は彼らが入学する前から「新入生にFTMが二人もいる!」と先輩たちに触れ回っていました(甲47)。██くんが学内でW氏に遭遇するたびに挨拶をしていたにもかかわらず返答を受けたことがないといっているように(甲49)、特定の学生に対してきわめて冷淡でした。授業ではよく誰かが怒られていました。毎回思いつきのように発表者を決め、「お前来週発表やれ」と学生に対して一方的に言い渡すのですから、突然指名されれば準備時間が足りずに不十分な発表になってしまうのはあたりまえなのに、発表が終わるとゼミ参加者全員の前で「お前バカか?」などと発表者を必要以上に厳しく叱責したりしていました。

 ときには、██くんのように発表内容の評価以前にそもそもの研究対象を全面的に否定されるということもありました(甲49)。これは公平な指導なのだろうかと訝しく思いながらも、同期が叱責されているあいだわたしは何も言えずに、怒りの矛先がこちらに向かってきませんようにと内心願っていました。わたしは叱責どころか、発表を任されることすら一度もありませんでしたが、受講生全員の前で「お前には発表は無理」と言われ、能力が低いかのように印象づけられていました。村上春樹・河合隼雄・ユングに対する悪口は続いていましたし、授業中の質問に対してわたしが正解を言うと過剰に驚かれたりすることもあり、その度に自尊心を傷つけられていました。

「お前には発表は無理」ということで、一年を通して一度も発表をしたことがなかったにもかかわらず、わたしのWゼミの成績は春学期はA+、秋学期はAでした。わたしは自分の何が評価されているのかまったくわからず、混乱するばかりでした。この不可解な評価についても、W氏・早稲田大学にはその根拠をいまだ明らかにしていただいておりませんが、いったいなぜなのでしょうか。W氏はいったいわたしの何を評価していたのでしょうか。

 なお、これらの評価は「W教授は、必ず、全ての学生に対して厳しいダメ出しをし」ていたとする調査結果(甲8)と大きく矛盾しています。 

 

 

 

11 続くセクハラ(2016年4月〜) 

 

 W氏はわたしのことを公然とバカ扱いするだけではなく、性的なものとして扱いました。

 わたしが短パンなど露出のあるものを着てくると露骨に視線がそちらに向けられていたそうで、あとで同期からは、授業中にもわたしの体を眺めていて、そのことについて受講者同士で会話を交わしたこともあると聞きました。エレベーター内でうしろから背中を押されることもありました(甲8の1.セクシャルハラスメント)。W氏はこうした身体接触等のセクハラに関して、相手が誰であろうが男女問わずしてしまう「スキンシップ」の癖だと説明していますが、W氏のゼミに参加していた██さん(甲29)、██くん(甲49)、およびW氏のTAを務めていた██くん(甲50)をはじめとするわたしの周囲の男子学生は、「スキンシップ」などというものをW氏から受けたことは一度もないと述べています。

 わたしに対して明確にセクハラが行われているということを同期達がはっきりと確信したのは、2016年4月の出来事でした(甲4、49)。

 その日、わたしは雨のなか自転車で登校したために上着が濡れ、Wゼミの授業中、冷えた二の腕をさすっていました。わたしはW氏の話に耳を傾けていたのですが、ホワイトボードの前に立っていたW氏はいきなり授業を中断しました。驚いて顔をあげるとW氏がわたしを見つめていました。腕をさすっていたのが目障りで怒らせてしまったのだろうかと考えていると、W氏はわたしに向かって上着を脱ぐように言いました。わたしが何か答える前に、W氏はわたしの斜め隣に座っていた男子学生に「お前の服を貸してやれ」と命じました。その学生もいきなり言われて驚いているようでした。W氏からは、「トイレにいって着替えてきなさい」などという指示も何もありませんでした。授業が中断されてしまって他の学生たちはみなこっちを見ていました。わたしは前の方に座っていたので着替えれば他の学生たちからも丸見えです。でも着替えない限り授業は再開しないようでしたので、仕方なくわたしは濡れたパーカーを脱ぎました。W氏はそのあいだも授業を中断したままずっとこっちを見ており、大変気持ちが悪かったです。男子学生の差し出してくれた乾いた服をわたしが着終わると、W氏は笑いながら「(上着の中が)裸だったらどうしようかと思った」と言いました(甲8の1.セクシャルハラスメント)。自分の裸体をイメージさせるような発言を履修者全員の前でされて、わたしは羞恥心でいっぱいになりました。なお、W氏は、「命じたわけではない」「風邪をひくかもしれないと心配してのこと」「人前で着替えるとは思わなかった」などと弁解していますが、そうであればなぜ「裸だったらどうしようかと思った」などと言われて、性的なからかいがなされる必要があったのか、その意図についてもご説明いただきたく思います。

 しかしながら、当時のわたしは、自分がセクハラを受けているという事実を心理的に受け入れることがなかなかできませんでした。

『キャンパス セクシュアル・ハラスメント 対応ガイド』(甲19)で指摘されているように、学問をしに来ている場で性的に扱われるということは、その学生の能力や業績ではなく身体的特徴に注目していること、学生としてではなく女性という性的な存在として扱われていることを意味します。わたしは自分がW氏からある意味「特別視」されているという自覚はありましたが、それはわたしの能力についてであって、それが女性として見られていただけだとは認めたくないという自負もあり、自分の中の「気持ち悪い」という感覚と正面からなかなか向き合えませんでした。

 また、文学という世界に身を置く人への尊敬の念や、大学教員という社会的地位の高い人に対する信頼感も、わたしがセクハラの事実を認めることを困難にしていたと思います。

 以前から先輩達はよくW氏の性的言動について噂話をしていました(甲47)が、わたしはそれらを単なるゴシップとして聞き流していました。当時のわたしにとっては、セクハラというのはテレビや新聞の報道で時折聞くような「とんでもない話」であって、自分とは無関係の遠い世界の出来事でした。自分たちにとって身近な教員についてそのようにゴシップ話をすること自体が、当時のわたしには不適切であるように感じられました。W氏からわたしに対して重大なセクハラが行われるのではないかと、先輩たちから心配されることも何度かあったのですが、わたしは「そんなことはありえない」と笑っていました。

 ですので、自分の中では、W氏はジェンダー意識に疎いだけで、酔っているときは不愉快になるけれど、根本的には「真面目な文学者」で、鈍感ではあるけれど、大学教授を務めるだけの良識のある人なのだろう、と自らに言い聞かせて納得させていました。 

 

 

 

12 W氏への失望

 

 前年度は週に4コマ出ていたW氏の授業が実質半分に減り、4月からは他の先生たちの授業にも自由に参加できるようになりました。この頃から東京大学にも聴講に行くようになりました。あたりまえのことですが、教員が威張ることも、学生をパシリにすることもなく、授業中に学生達の意見をよく取り入れている姿を目にして、わたしの中では相対的にW氏という教員への不信感が大きくなっていきました。

 また、その前の1月には、H氏から直接作品を評価してもらう機会もありました。現代文芸コースには『知恵熱』という、H氏が責任編集を務めるゼミ誌があります。わたしは聴講をはじめて間もない頃、██くんから『知恵熱』に参加しないかと声をかけてもらっていました(甲47)。そのときわたしはW氏から作品を酷評されたばかりで、自分の書くものなど「箸にも棒にもかからない」のだと落ち込んでいたのですが、██くんが「君のレベルなら全然大丈夫」といって、わたしの作品を寄稿することを勧めてくれたのでした。

 1月のHゼミの時間内で、出来上がった『知恵熱』の合評会が行われました。H氏はどの学生の作品も等しい真剣さで読んでいました。わたしはW氏にされたようにこき下ろされるのでないかと不安でしたが、H氏も他の学生も好意的なコメントをくれました。W氏からは切り捨てられたわたしの作品を、すでに創作経験の豊富な大学院の人たちが、真剣にあれこれ議論してくれるというのが新鮮で、大変嬉しく思いました。

 ひととおり合評が終わると、H氏から「書いた詩はいくつくらいたまっているんですか?」と聞かれました。質問の意図がわからないまま、わたしは「20〜30くらい」と曖昧に答えました。するとH氏は、書いた作品を詩集という形でまとめることを勧めてきました。わたしは呆気にとられました。そもそもわたしは自分の能力が低いせいでHゼミを落とされたと思いこんでいましたし、W氏に言われるまま自分の書くものには何の価値もないと思わされていたので、詩の賞である高見順賞の選考委員をつとめるなど詩歌に造詣も深いH氏が、自分の作品を評価してくれているという現実をわたしはすぐに信じることができませんでした。

 結局、詩集を出版するかどうかは川口さんにも相談して、そのときは「まだ早いかな」という結論に至ったのですが、Hゼミという場所で、一人の書き手としてちゃんと尊重されたその体験は、W氏に日常的に踏みにじられていたわたしの自尊心を取り戻す大きなきっかけになっていました。

 また、その頃には、わたしの中でも、W氏の教員・批評家としての能力に対する疑問が芽生えてきていました。

 たとえば、『知恵熱』に載ったわたしの作品をW氏は知らないあいだに読んでいて、求めていないのに講評をされる、ということがあったのですが、その際、「ほとんどは話にならないが1つだけいいのがあった」「お前、(川上)未映子読んだだろう?」といわれました。その作品ではわたしはエイミー・ベンダーというアメリカ作家の文体を模倣しており、W氏のコメントはまったくの見当違いでした。また、わたしが研究対象として考えていた海外文学の現代作家——たとえばアリス・マンロー——についてW氏は名前すら知らないと言うことが何度かあり、この指導教員にわたしの書くものは適正に評価してもらえるのだろうかと不安を覚えました。

 W氏はあれほど批判していた河合隼雄の著書を実はほとんど読んだことがないということも直接聞きました。ある日、ロラン・バルトのある議論を紹介されて、わたしは河合隼雄の思想との共通性を感じたので、「河合隼雄も同じことを『中空構造日本の深層』という本で書いてます」と指摘したところ、W氏は、そんなこと本当は誰でも言っているんだといってまともに取り合ってくれませんでした。わたしが「先生は『中空構造』を読んだんですか?」と追及すると、W氏は読んでいないということでした。さらに続けて「じゃあ河合隼雄のなにを読んだんですか?」ときくと「読まなくてもわかる」とのことで、読んでもいないのにあんなに激しく批判していたのかとわたしは衝撃を受けました。批評家の姿勢としてそんなことは許されるのでしょうか。少なくとも、学生が書く論文を指導し、評価する立場としては失格だと思います。ものすごく衝撃を受けたこのときのことは、ユング派の心理療法家である██さんにそのまま告げています(甲26)。

 他者を厳しく批判するのに、W氏はもとの文献にあたっていなかったり、引用が不正確だったり、文章や言葉を雑に扱うことが少なくなく、当時から気に掛かっていました。この裁判のなかでも、W氏はわたしが以前新聞に寄稿した記事を証拠として取り上げて「インタビュー」と書いていますが、あれはインタビューではなくエッセイ(風の書き物)です。インタビュアーは存在していません。プロの文芸批評家がインタビューとエッセイの区別をつけられなかったのでしょうか。それとも当該記事の本文を読まずに写真だけ見た印象で証拠書類としたのでしょうか。また、W氏の提出書面では██くんの名前も、わたしの著書名も、間違っています。そこには他者の存在や作品を尊重するという根本的な姿勢が欠けていることが顕著であり、それは在学中から感じていたことでした。

 文芸漫談の前に下北沢のカフェで、アメリカ文学者の柴田元幸さんらのことをW氏にけなされたことは前述した通りですが、どうしてけなされなければならなかったのか理解できなかったため川口さんに話してみたところ、ただの嫉妬じゃないかという意見をもらい(甲53)、そのときは半信半疑でしたが、だんだんと、W氏の批評には視野の狭い思い込みに過ぎない部分があるようだとわたしも考えるようになっていきました。わたし自身についても、「いい顔になった」「いい表情になってきた」と褒められることはあっても、具体的になにが評価されているのかよくわからず混乱させられるばかりで、W氏は結局、自分の好き嫌いをもとに、気に入らないものや理解できないものについては理解する努力をすることなく切り捨てるように否定し、その独断的な価値観を周りに強いているだけではないか、と思わざるを得なくなっていきました。

 また、文学において、W氏が「優劣意識」——すぐれた文学と劣った文学があるというような意識——を強く持っており、「劣っている」と判断したジャンルや作家そのものに対して蔑視に近い意識を持っていること自体も引っかかりました。先に述べたように、短歌を専門としていた同級生は短歌というジャンル自体を批判されていましたし(甲49)、わたしが児童文学を書きたいという夢をもっていることを告げると、W氏から「児童文学程度でいいのか?」などといわれることもあり、児童文学=低レベルというレッテルを貼っているのが感じられました。村上春樹やユング派の人間に対する排斥にしてもそうですが、本来であれば大学は、学生が多様な価値観に基づいて研究を行う可能性が保障されているべき場所です。ヒエラルキー意識が強いだけでなく、偏見と差別感情を持ったW氏のような教員を長年雇用し、周りがW氏を持ちあげ気を遣い忖度する状況を看過していた早稲田大学は、理念として大学が掲げている多様性との矛盾をどう考えているのか、問い質したいと思います。

 具体的なレベルでも、W氏の教員としての行動には明らかに問題がありました。学生のプライベートに首をつっこんできたり、受験生について「電通のやつが受けてきたから落としてやった」などといって個人情報を周囲に触れ回っていたことは多くの学生が知るところです(甲23、47、49)。大学の調査でもこれらの事実は認められ、「プライバシーの侵害行為」としてパワーハラスメントに当たるとされています(甲8の2)。わたしはW氏と距離が近かったため、他の学生について悪口を聞かされることも多く、「あいつは病気」「あいつ気持ち悪い」「あいつは文学賞をとったのに大学院に来た痛い奴」などと友人のことを否定され、卒業した先輩の修士論文を「あいつの修論もしょぼかったな」と、その文体を口真似して笑いながら言うのを聞かされました。立場上反論もできず、ただ親しい人たちの悪口を黙って聞き、誰にも言えず一人で抱えることしかできなかったのは、わたしにとって心理的に非常に大きな負担であり、苦痛でした。

 W氏は同僚である教員たちのことも悪く言うことがありましたし、学外の批評家を「あの豚」と呼んだりしていました。批評家の加藤典洋から寄贈された本を「いらないのに送ってくるんだよ。お前にやる」と押し付けられたことがあります。わたしから欲しいと言ったわけでも、関心を示したわけでもありません。なのに翌週、W氏から「読んだか?」と突然聞かれ、仕方なく正直に読んでない、と答えると、「そういうのをもらったら読んで俺に感想いうべきだろ」と叱られました。ですが、たとえわたしが読んでいて感想を話したとしても、W氏自身は読んでいないのですから、わたしの感想が妥当かどうか判断し指導することはできないはずです。もしかしたら、自分のかわりに読んで概要を教えろということだったのか、そのために本を与えたのか。それならそのように伝えればいいのに、忖度できるようになれと躾るかのようで、違和感しかありませんでした。

 あるときはまた、わたしが求めてもいないのに教科書にサインをされるということがありました。聴講を始めてまもないゼミの後、W氏に連れられてゼミ参加者でサイゼリヤにいき、先輩たちと談笑していたところ、突然W氏から、ゼミの教科書であるW氏の著書を渡すように言われ、「サインしてやる」ということで氏名を聞かれたのでした。わたしは本にサインをしてもらうという習慣がなく、教科書は卒業後高く売ることができるし、わたしの持ち物を汚さないでほしかったのですが、W氏はもうすでにペンを取り出していて、断ることができなさそうな雰囲気でした。自分のサインは他人から当然ありがたがられると思い込んでいることに驚きましたが、W氏には学生にとって自分のやることは常に価値があって、感謝されて当然だと思う傾向があったのは、自分の授業の聴講をわたしに強要したことを、まるでありがたいサービスを与えてやったかのように信じて疑わないことからもうかがえると思います。わたしは自分はW氏のおかげでここにいられるのだから、不愉快にさせてはいけないと思い穏便に対応していましたが、W氏には自他の境界意識——他人のテリトリーを尊重する意識が希薄で、学生は教員から「サインしてやる」などと言われたら断れない立場だということを当時も全く理解していなかったし、いまだに理解していないように思われます。

 フォレスタに食事に連れて行かれた際、わたしたちとはまったく無関係の、カウンター席で一人で飲みながら本を読んでいる女性を指差して、「ああいう女むかつくな」と揶揄しはじめたこともありました。悪口を聞かされることも、人の多様なあり方を否定するW氏の価値観に同調するのを強いられることも、わたしには苦痛でしかなく、W氏と一緒にいることがどんどん耐え難くなっていきました。

  なにより、昨年度の飲みの席で「病気いじり」されたことは、わたしのなかでは絶対に許すことのできない出来事でしたので、わたしはW氏とは一定の距離感を保って接するように気をつけていました。

 けれども、W氏からは、10月3日には「今後の精進を期待します。僕の目に狂いがなければ、君は伸びるはずです。」というメールが送られてきました。10月27日には「体調くずし、明日は休講します。すみませんが、これを皆に伝えて下さい。 」と、他のゼミ受講生全員に休講の旨を伝達するようメールがきました。休講の連絡は、本来なら大学のcourse naviというシステムを通して行われるべきものです。それによって大学は当該授業の休講をカウントし、その分の補講が必要となってくるのです。休講の連絡や授業の伝達事項を大学のシステムを通さずに、教員が選んだ特定の学生にさせるというのは、W氏だけでなくその弟子の██氏も常習犯で、仕事に関する義務を逃れ、さらにその学生が教員にとって特別な存在(あるいは自分の「所有物」)であることを他の学生に印象付けるためのマーキング行為のようでした。

 また、大学院生はTAの仕事に応募する機会が均等に与えられているはずでしたが、W氏は自分の学部の授業のTAの仕事を、公募がかかる前に特定の学生だけに伝えていました。実際に、わたしのところにも助手を通して「W先生からAさんに授業TAを任せたいと伺いました」(2016年4月6日)、「W先生から、授業のTAをぜひ██さん、Aさんに、とのお話しがありました」(2016年9月29日)とメールが送られてきました。断ると「お前なんで俺のTAやらないんだ? ゼミ生は指導教官の授業TAを率先してやらなくてはならないものなんだ」と言われたりしました。そのようなルールがあったのか、大学は明らかにしていただきたく思います。

 なお、この点について、早稲田大学は「申立人は、最終的にはTAを断ることができており(…)不適切な行為にあたるとまではいえない」(甲8)と回答していますが、問題はわたしが引き受けたかどうかではなく、学生が本来平等に受けられるはずの仕事の機会が教員によって不均等なものにされていたということです。論点をすりかえないでいただきたいです。

 前述の北仲氏(甲76)の所属する広島大学では、「広島大学におけるハラスメントの防止等に関するガイドライン」(甲59の2)において、教員が、TAやアルバイト、非常勤などの紹介を、多くの学生に紹介できる性質のものであるにも関わらず、気に入った学生だけに不平等に行うことも、研究・教育の場で起こりやすいハラスメントの一例として挙げられています。早稲田大学は、こういった行為の何が問題なのかもいまだに把握しておらず、ハラスメントに対する理解が欠如しています。 

 

 

 


13 コース全体の雰囲気
 

 

上記の北仲千里氏および横山美栄子氏の著書『アカデミック・ハラスメントの解決』(甲20)では、アカデミック・ハラスメントの具体例として、以下のものが挙げられています。

 

A  教育・指導の質に疑いがあること 

・講義中、講義とは関係のない話にかなりの時間を割く 

・取り組むべき理由が理解できないような理不尽な課題を学生に出す

・無茶な締切設定やいきすぎた指導などを通して、学生を過剰に管理しようとする

・いいかげんな指導をしたり、そのときの気分によって指導内容を変えたりする

・学業や研究に対して不当な評価をする 

 

B 尊敬できないような言動 

・学生のプライベートに介入する 

・自分の趣味や宴会への参加を強制する 

・自分を尊敬しているかどうかを学生にたびたび確認し、尊敬の表明を強いる

・学生に他の教員や同業者の悪口を聞かせ、同意を求める 

・教育研究とは関係ない私的な用事を学生や部下にやらせる 

 

C  指導放棄 

・学生に対して十分な研究指導をしない 

・指示したことを忘れたり、指示内容を頻繁に変える 

 

D 精神的攻撃 

・講義中、誰かを傷つけるような話や特定の受講者を攻撃するような発言をする

・長時間問い詰めたりその場から帰らせない 

・机を叩いたり、物を投げたり、大声で怒鳴ったりする 

 

 今まで見てきたW氏の言動は、これらのほとんどすべてに該当していることがわかりますが、現代文芸コースにおいて、問題のある行動をとっていたのは、W氏だけに限りませんでした。

 わたしがゼミを受講していた██教授も、授業内で男尊女卑的な発言をすることが多々ありました。実際に、2016年の春、研究室で██氏と先輩と3人で話していた際、わたしが██女子高等学校出身であることを知ると、██氏から「いっちゃ悪いけど██女子にかわいい子はいないよね。学習院女子のほうがかわいい」という趣旨の発言をされ、わたしは教員がそのような発言をすることにひどく驚きました。

 加えて、██氏はゼミ参加者ほぼ全員に、ゼミ開始30分前には自分の研究室に来て自分と食事を一緒に食べることを指示しており、参加しないと憤慨しました。5月13日、わたしが19時の授業開始時間ちょうどに教室に入ると、██氏は激昂しており、参加者全員の前で叱責されました。そのゼミには常習的に遅刻する学生が他にいたので、1度だけ遅れたわたしだけがこんなに怒られるのは理不尽だと思いながらも、次の週も出席したのですが、精神的に耐え難くなり、残りの授業の出席はやめました。

 ██氏に関しては、飲み会の席で酔った女子学生の肩に腕を回したりしている様子を数名の学生が目撃したりもしているなど、他にも被害情報があったため、わたしは██氏のこれらの言動に関しても大学に訴えましたが、いまだに実質的な回答は得られていません。

 また、わたしは早稲田文学の編集に携わっていた██氏の授業も履修していましたが、██氏は毎回20分以上遅刻してくる他、「早稲田文学の業務のため休講」「学部業務のため休講」「修論の審査準備が間に合わず休講」といった理由で頻繁に休講し、補講しないこともしばしばでした。

 ██氏の遅刻・休講のひどさについては、2017年4月にコース主任であったM氏と面談した際に話し、██氏がcourse naviという正規のルートを通さずに度々休講連絡することの問題点なども訴えましたが、M氏は「██さんは忙しいからね」と言って聞き流し、そのため██氏の授業態度が改善されることはありませんでした。  

 コース全体が、ハラスメント防止というものに対し、軽視する雰囲気があったことはヒアリングでも述べました。██さんも指摘するとおり(甲48)、当時の現代文芸コースには、明らかにおかしいことが蔓延しているのにもかかわらず、それを学生が指摘すること、そもそもそれをアカハラとして認識すること自体が難しい空気がありました。

 学生は教員には決して文句が言えない、他の教員も問題教員を注意しないで放置する、という空気が、コースのなかに日常的に醸成されていたことが、W氏のハラスメントを容認するような環境を形成することにもつながっていたように感じます。 

 

 

 

第4 セクハラの深刻化

 

 

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