「伊藤比呂美への要望書――第一審判決後10日間の出来事の報告とともに」で書いたとおり、当会代表深沢レナが当時早稲田大学教員だった批評家Wから受けたハラスメントにかんして告発以前から知っていた関係者8名(いずれも早稲田大学教員)をリストアップするツイートを行いました(4/11)。
それを受けて翌日、詩人であり、早稲田大学の同コースの元教員でもある伊藤比呂美氏が「やっぱり助太刀いたす」(以下「「助太刀」ツイート」と表記)とツイートしました。当会は、その典型的な二次加害行為――被害者への暴力的な愚弄であり、かつ、日本的な組織倫理を忠実になぞることでハラスメント温存に巧妙に奉仕する振舞い――にたいして撤回と説明を求めてきました。ですが伊藤氏はまったく応答しないまま当該ツイートを削除して曖昧に事態を収拾しようとしたばかりか、熊本日日新聞紙(4/26)上では自らの二次加害行為の問題をSNS上の「悪意」の問題にすり替え、自分はむしろそれの被害者なのだと言わんばかりの開き直った態度表明を行っています。これもまた、二次加害を指摘された者がさらなる加害を為してしまう、典型的な言動だと言えます。(くわしい時系列については、以下の「これまでの経過」を参照してください)
伊藤氏の「「助太刀」ツイート」にたいして、多くの方々がTwitter上で批判、異議申し立ての声を上げました。そのほとんどがそれぞれの角度から冷静、的確に問題点を指摘するものでした。そのような声を伊藤氏のように「悪意」の一言で括って居直ることは、歴史修正的な危険な暴力ではないのかと、強い危惧を覚えます。
残念ながら、二次加害ツイートそのものが削除されてしまったため、後から知った第三者が事件の推移をたどることが難しくなっています。わたしたちはこの件にかかわるツイートを集めて分類・整理した上で公開することで、出来事を記録しようと思います。そして、「「助太刀」ツイート」(に典型的にあらわれている二次加害全般)がいかなる無知と無意識の集積の上に成立しているか、またそれがどのようないびつな権力性によって守られてこの社会に広く浸透しているか、そうしてハラスメントを再生産しているか――そうしたことについて議論し、理解を深めるきっかけになればと考えます。
【これまでの経過】
4/11 深沢が「教員リスト」をツイート
4/12 伊藤比呂美氏「助太刀」ツイート
4/13 深沢が伊藤氏のツイートを発見。メンバーと共有し、ただちに伊藤氏へ撤回要望のリプライをするが伊藤氏は無視
4/15 深沢が受けた伊藤氏からの過去のハラスメント該当行為についてツイート
4/19 深夜2:52 看過しない会、判決文のUP
深夜3:10 看過しない会、深沢による「教員リスト」のツイートを削除
午前10:52 看過しない会、伊藤氏への要望文「伊藤比呂美氏への要望書──第一審判決後10日間の出来事の報告とともに」をHPで公開
午前11:29 伊藤氏が「助太刀」ツイートを削除した旨をツイート
午後2:08 深沢、伊藤氏へリプライ。要望への応答・説明を求め続けるが無視
4/26 熊本日日新聞のコラムにて伊藤氏が「ツイッターは他人に悪意をぶつける手段にもなっている」と発言。
4/27 伊藤氏へ再要望のメールを「看過しない会」のメンバー(事務・会計担当)が送付。「わたしたちに直接回答されるまでは、他の媒体でのこの一件についての発言は控えていただきたい」旨、4/30までに返答を求める旨を伝える。
4/30〜現在(5/6)に至るまで返答はなし。
総括的批判
4/13 栗田隆子 突然の引用RT恐れ入ります。助太刀の前に、まずこちらのサイトを読まれることをお勧めいたします。決して深沢さんや大学のハラスメントを看過する会の「無意味な個人攻撃」ではありません。渡部直己一人だけの問題でなく周囲の人間や組織構造の問題を提起してるのです。 また、個人名を挙げた背景に裁判官にさまざまな証拠を提出しているのに、ほとんどそこを汲み取ってないという問題もあります。ともあれ、まずは「大学のハラスメントを看過しない会」のサイトをお読みいただくことをお願い申し上げます。
4/13 月桃茶 すみません、内容以前に文意が不明瞭な点が多いので確認させて下さい。 ①「裁判で結論~法治国家」の下りは、判決が出たなら法廷外で話すなという趣旨ですか? だとしたらあまりにナンセンスです。 ②その後の文章は、自分の名前がリストに入ってないことへの異議申立てですか? 「攻撃」とは何の事? ③「彼女の言い分はすべてが事実ではない」 とは、「すべてが非事実」という意味ですか? あるいは「一部事実と異なる点がある」という意味ですか? どちらにも読める書き方です。 いずれにしても、事実と異なる点が一部分にせよあるというなら、それを示すのが筋というものではないですか? 全体的に文章が雑で具体性を欠いている割に「助太刀」「攻撃」「事実ではない」等、強いワードを使われており、卑怯で加害性の強い表現であると感じました。 正直なところ、これが詩人の文章なのか?とも思いますし、逆にあえてこうした手法を選んでおられるなら、非常に恐ろしく思います。 「絶対にやってはいけない」セクハラが実際には起きてしまったこと。 大学内で適切な対応がなされず、被害者が退学を余儀なくされたこと。 また判決を得るまでに何年もの時間と労力を犠牲にせざるをえなかったこと。 これらに対し「あのとき早稲田にいた」教員の方々は、 どのような行動をとるべきだとお考えなのでしょうか? ただでさえ、巷では文学部不要論、人文軽視の風潮が強まっている中で、このような「詩人のふるまい」が、文学を志す者をどれほど絶望させ打ちのめすのかを、真摯に考えていただきたいです。 「面倒になったら」? 本の宣伝? いくら何でも愚弄しすぎではありませんか? 「助太刀」ツイートがいかに酷いかは上述した通りですが、なんだかもう、めっちゃくちゃに刀振り回してる感じですよね。 それでも刀振り回す以上、当たった人は確実に血を流すわけです。ひどい…
4/13 川口好美(練習生) 全然意味がわからないな。自分が他人の知りえない「事実」を握っているかのように匂わせるだけ匂わせて、どの部分が「事実」と違うか、違うと自分が思っているかは言わない。裁判で結論が出ていて、ここが法治国家だと思うのなら、言えばいいのに。まさに〝日本的〟な組織倫理に則った「助太刀」の言葉 「なぜ攻撃しない?」とか、まじでなんなんだ。もちろん深沢さんがいた早稲田のコースだけが悪いのではなくて、また人間としての正邪以前の問題として、いざとなれば冷静さを失い、焦り、結果として組織を守り個人を蔑ろにするこういうメンタリティー……。わたしは偶然の行きがかりで裁判資料や判決文をすべて読んだのですが……一学生である深沢さんにたいして圧倒的に優位な教員たちが、深沢さんを守り、社会正義にかなうような実質的な行動を、個人としても組織としてもほぼ取れなかったこと、そして裁判にも協力しなかったこと、出来なかったことは少なくとも「事実」だと思います。 「法治国家」なのだから、別に深沢さんに特別なシンパシーがなくても、入試過程について、渡部の言動について等、知っていることを自由に証言できただろうに、誰もしなかった。深沢さんが失望したのは、教員が自分に有利な証言をしてくれなかったからではなく、そもそも証言自体を拒んだことではないかとなんとなく想像しています。そして、その防御的(?)メンタリティーが攻撃性に反転したのが「助太刀」ツイートなんだろうな、と。教員たちが知っていることを語っていれば、原告に有利か被告に有利かはともかく、判決は質的にもっと厚いものになったでしょうが、そうではなかった。 判決は非常に〝薄い〟ものになった。これはまぎれもない「事実」だとわたしは思います。〝薄い〟判決文のすみずみに(裁判所も含む)「助太刀」精神が浸透している。たしかにここは「法治国家」ですが、尊重・尊敬に値する裁判結果に至るには、まだまだ途上であり、格闘が必要だと思います。 そのために、非常に野暮なことですが、「助太刀」精神を超えて、あくまでも個が個に対して応接し応答しようとする心、可能な限り真摯に正確に、公開的に事実を証言しようとする精神を、育てていくしかないのだろうと思います。 以上
4/14 さやは 早稲田大学文学学術院で起きたセクシャルハラスメントの件、ただ普通に研究したいだけなのにそれも許されず、一教授の性的欲望の対象として扱われて尊厳を踏み躙られ、信頼の厚い教員に相談してもことごとく黙るように告げられ、一人で闘って六年越しに裁判でやっと賠償命令を勝ち取っても沈黙を貫かれ 心底絶望してSOSを出しても名指された人たちは責任を押し付け合うのみで、挙句の果てに信頼していたフェミニスト作家かつ元教員からジョークのような軽さで二次加害を受ける 2023年現在にこれほど異常なことが普通に起きてしまうのは私も含めて多くの人がサボってきたからで、本当にやるせなく思う
4/19-20 フツーのLGBTをクィアする 削除したところで伊藤比呂美さんのなした二次加害は消えません。 交換条件があるかのような虚偽を勝手にでっち上げ、すり替えるのは姑息かつ卑怯です。 渡部直己のセクハラを本当に批判するなら二次加害の継続(説明・謝罪・撤回の要望無視)をやめ、誠実に対応してください ①被害者が、在学当時の教員ら8名が安全配慮を怠って、セクハラを見て見ぬふりで容認(隠蔽)し沈黙し続けてきた現実を明らかにして問題化し、その責任を問うこと(今後に向けてその態度の再考・改善を促す意味ももちうる)を、伊藤さんが「攻撃」×3と歪曲したのは、被害者非難で二次加害です。 ②「裁判で結論出ていないのか」「法治国家ではないのか」「無法」「無意味」とのご発言は、被害当事者がいまだ闘いを続けなければならないのかとの姿勢を見せられているにもかかわらず、第一審判決を絶対視するかのように現実を歪曲し、その口を塞ごうとし、さらに侮蔑する被害者非難で二次加害です。 ③「彼女の言い分」(大部にわたる陳述あり)に対し非具体的に「事実ではない」とだけ言明・強調されるのは、被害者の信用性を貶めようとする印象操作であり、典型的な被害者非難で二次加害です。その後「面倒になったらtwitterを中止する覚悟」と自著宣伝の上トンズラされたのは愚弄でしかありません。 ④こうしたことは、すでに数多の方が指摘・批判してきたことですが、伊藤さんは理解なさっていないようで、単にツイートを削除されてしまい、それで片付けられるとでも思われていないかと危惧しますので、改めて記しました。被害者非難/二次加害は、当事者はもとよりセクハラ全般に影響を及ぼします。 ⑤なにより、4/13に看過しない会が丁寧に応答して対応を求めておりhttps://twitter.com/dontoverlookha1/status/1646432040320126976…、4/19に改めて文書化されているhttp://dontoverlookharassment.tokyo/2023/04/19/writtenrequest/…のに、伊藤さんが応答されないのは無責任ですし、セクハラ二次加害の放置、上塗りになってしまいます。非公開においてでもきちんと向き合ってください。
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多くのツイートは伊藤氏のツイートを二次加害だと認識しており、二次加害の危険性について説明されているものもありました。
4/13-14 wakako mitsuhashi 国会を見よう 選挙に行こう 伊藤比呂美さま 引用、失礼いたします。こちらのツイートは、ハラスメント被害を受けた方へ二次加害者への擁護(加害者擁護)で、被害者を深く傷つけるものです。以下の資料などに目を通し、撤回、謝罪いただけないでしょうか。責められるべきは被害者の方ではなく、加害者、二次加害した人たちです。 … まず経過を知ってほしい。実名を挙げたのは、アカデミアで起きたハラスメントならではの、挙げざるを得ない背景があります。それは決して個人攻撃ではないです。 被害者への二次加害、被害者非難、加害者擁護について知ってください。それはハラスメントの被害者の心身、生活に深刻な影響を与えます。(二次加害者の擁護も同様) なぜ被害者を責めるの?「ヴィクティム・ブレーミング(被害者非難)」を止めるには https://front-row.jp/_ct/17442493 以下の記事は性暴力の場合ですがアカデミアでのハラスメントでも同様です。置き換えて読んでください。 性犯罪「二次加害」はネットだけじゃない 何気ない言葉が被害者を追い詰めwることも https://dot.asahi.com/aera/2022091300017.html?page=1… サバイバーを踏みにじる「二次加害」の暴力 https://note.com/adhddays_1982/n/n9055ff907480 学生より、優位な立場にある大学教員によるハラスメントは「黙殺」されがちな傾向が。「黙殺」も二次加害です。また閉鎖的な環境で二次加害も起きやすい。 全国大学生協連の研究会報 キャンパスハラスメント 大学の実態:先進的な対応事例、法律観点も交えて https://www.univcoop.or.jp/about/life/vol57-01.html
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被害当事者が日々感じざるをえない社会的な無力感や圧迫感にたいして無感覚であるならば、誰もがいつのまにか、単なる傍観者から加害者の位置に滑り落ちてしまいます。そのことに気が付かず自らが良心的な第三者であると思い込みつづける者の軽率な言葉ほど、パターン化された二次加害を反復している危険性が高いと考えられます。
4/14 長田杏奈 セクハラやパワハラが生まれるのは、パワーバランスの不均衡があって。被害者の声は信頼に足らないとされがちで、加害者もそういう状況を利用してる(セクハラパワハラする相手を狡猾に選んでいる)。 助太刀が圧倒的に足りないのは、いつも被害者側です。 実情は、裁判で被害者が勝ったり、和解をしたら解決ではまったくない。 法的手段に頼らざるを得なかった背景や負担をもっと重く受け止めるべき。 少なくない被害者は、同じことが起きてほしくないと願ってる(今週だけで別の人から3回聞いた)。 二次加害する人は、自分ではフレッシュで切実な一太刀と思ってるかもしれないが、うんざりするほど見慣れた太刀筋のあるあるな二次加害。周りに助言してくれる人がいることを願う。
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伊藤氏のツイートは、多くの人に共通する人間的感情を装い、個人の内的心情の切実な流露というかたちを取ることで、攻撃性や悪意を隠して他者たちの内面に呼びかけようとするものだと考えられます。
ただし、それは実のところ、自らの加害を「否認し(Deny)」、被害者を「攻撃する(Attack)」ことで「攻撃者と被害者を逆転させ(Reversing Victim and Offender)」ようとする、欧米圏ではその頭文字を取って「DARVO」と呼ばれる、典型的な二次加害行為です(参考:https://dynamic.uoregon.edu/jjf/defineDARVO.html)。
下記に列挙したような、Twitter上でなされた伊藤氏にたいする数多くの具体的批判は、それぞれが断片的な細かい反応だと思えるかもしれません。しかしそれらを配列し、結び合わせ、俯瞰することで、その言説の陳腐な悪質さがはっきり見えてくるはずです。
言説への批判
・説明の欠落
・匂わせ・印象操作
・「面倒」扱いへの批判・「覚悟」への疑問視
・ギャグ化(矮小化)
・「攻撃」という解釈への批判
・「助太刀」という言葉の誤用
・宣伝批判(炎上商法であるという指摘も)
・終わらせ方批判
構造的問題への批判
・権力と地位
・傍観者の責任
・教員の安全配慮義務
・大学同僚のお仲間擁護
・文壇のムラ論理
・名前出していいじゃん
司法・告発・被害者への無理解についての批判
・司法・告発への無理解
・被害者への無理解
詩人としての姿勢
・言葉の強さ・悪意
・それでも詩人か?(さすが詩人だ)
・「菜の花や森や犬たちの世界」批判
落胆・失望
・怒り
この件、伊藤比呂美の二次加害を目にして、怒りで朝から仕事が手につかない。
・好きだった
・「作品と作者は別」への批判
発信方法への批判
・なぜ直接連絡しないのか
・発言媒体の差
・書き方のひどさ
・発信力の差
・Twitterの軽視
・歴史修正
・被害者仕草
現状への危機感(このままでいいのか?)
・伊藤比呂美氏への要望
・削除ではなく撤回を
・応答の責任
・共同声明
・傍観者への呼びかけ
・新聞への意見
・仕事を回す人たちも信頼をなくすのでは?
・大学への不安の声
・教育者としての不安の声
・深沢の信用は毀損されたまま
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このように、伊藤氏に批判的な意見は枚挙に暇がないものの、文学関係者、早稲田大学関係者による、自らの名前と立場を明確に示した上での批判ツイートはごく稀でした(エアリプと思われるものは散見されましたが、ここではカウントしていません)。
また、批判する趣旨のツイートであっても敬語の使用率が高く、中には”懇願”するような口調で書かれているものもありました。これは伊藤氏が敬意を払われるべき、高い権威性を帯びた人物であることの証左でもあるのではないでしょうか。
なお、伊藤氏を擁護するツイートは、主に以下のものを除いてはあまり見られませんでした。
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今回参照したツイートの一覧はこちらです。
※ Twitter内にて検索ワード「伊藤比呂美」で検索し、本件に関して批判的な言及があったものを抽出しています(伊藤比呂美氏・大学のハラスメントを看過しない会及びその他主要なアカウントによるツイートへの引用リツイートの形で言及されたものも含まれています)。
※ アカウント名は本記事の作成時点のものを転載しています。