Twitter事件をめぐって——いまだに続く二次被害

 

——差し支えなければTwitterの事件についてお話を伺わせてください。もともとおふたりは面識はなかったんですよね?

 

【Twitterの事件】
 
2021年の3月末、著名な歴史学者の男性が、Twitterの鍵付きアカウントを用いて女性蔑視発言や知的エリート女性たちへの誹謗中傷を繰りかえしていたことが明らかになった一件。その誹謗中傷の対象とされていた女性のひとりが北村さんだったことが判明。その後、北村さんが本人に抗議して謝罪させた。

 

北村 はい。お互い東大生だったので共通の知り合いは何人かいたんですけど。

 

——全然知らないところでそんなことされるのって、まさに交通事故ですよね。3月に北村さんがツイートされていた内容をよんで、胸に突き刺さってきました。

 最初にこのことを知ったときはどういう気持ちになりましたか?

 

北村 わたしすぐ怒る質なので、結構怒りましたね(笑)。

 

——「なんでわたしが攻撃の対象とされたんだろう?」って考えちゃったりしますか?

 

北村 原因を追求するとかではなく、これはいつどんな状況で攻撃されたときも常に方針として思うようにしてるんですけど、「わたしがゴージャスだからだ」と思うことにしています(笑)。

 

——ゴージャス?(笑)

 

北村 「ゴージャスでスマートだからだ」って(笑)。変な言い方に聞こえますけど、『ハスラーズ』というストリッパーの映画のなかで、ジェニファー・ロペスが、新しい仕事場に慣れなくて戸惑っているコンスタンス・ウーに、「あんたファッキンゴージャスなのに何してんのよ!」って言うんですよ。

 

 

北村 いじめられて落ち込んだりすると、ジェニファー・ロペスに「あんたファッキンゴージャスだからだよ!」って頭の中で言ってもらって、元気を出すようにしています。

 

——すごくいいセリフですね、それわたしも使おう。

 被害にあうとなぜか自信がなくなっちゃうんですよね。こっちは別に何もしてないのに、悪いことをしてしまったような気になってしまって。

 やっぱり女性が高学歴だったりすると、勝手に敵対視される傾向があるなと、わたしも経験上感じるのですが、そういうのはありますか?

 

北村 それはすごくありますね。あと今回の件でよくわからなかったのは、「非正規雇用の人と正規雇用の人の対立」みたいなところに落とし込まれてしまったことです。ハラスメントや中傷などに関する話なのに、なんでそういう話になるのかよくわからなかったです。完全に後付けのこじつけですね。

  

——本来の問題からかけ離れた文脈で捉えられてしまうことがありますよね。最近も第三者の記事で「論争」と書かれてしまっていて、北村さんがTwitterで訂正するハメになっていましたが(※参照)、そもそも対等な場で行われたものでは全然ないですよね。

 

北村 そうですね。知らない人ですし。

 

——あと陰謀論も多くないですか?

 

北村 多いですね。

 

——「加害者は嵌められたんだ」って。わたしの件でも、ある雑誌がわたしへの取材などまったくないまま、加害者側から得た情報や推測を、中立を装って出してしまって、今でも困っているんです。

 そういう陰謀論って、当事者とか事情を知ってる人たちからすると、あまりにもトンチンカンで相手にするのもバカバカしいような感じではあるんですけど、一回そういう記事が出てしまうと、それを読んで信じちゃう人が出てくるので、その危険性を感じます。

 

北村 はい。それはとても思います。あと、わたしに情報を流した人が何か考えていたとしても、わたしは全然それに関係がないんですよね。たとえば、日本史の業界のあたりでどういう人間関係があるのかとか、まったく興味がない。わたしが興味あるのは、わたしが何かを言われていたということだけです。

 

 

ボーイズクラブ的なノリ——加害者だけの問題ではない

 

——あと、この事件は、全然根拠のないことを勝手に言いふらすということだけでもひどいんですけど、加害者は北村さん本人には見えない鍵アカウントで、扇情的に陰口を繰り返していたじゃないですか。そういうボーイズクラブ的なノリが気持ち悪くて。

 表面的には普通の人でも、誰が加担しているか、誰がミソジニーを抱いているのかわからないって怖いですよね。こういった暴力が生じてしまう原因についてはどうお考えですか?

 

北村 一人に責任があるわけではなくて、閉じたところに似たような考えの人が集まって、何らかの符牒を使って人を笑わせることで問題あるコミュニティが成立しているのだと思うんですよね。

 これは男性だけのものではなく、均質的な人たちが集まっている集団というのは、そういうことが起こりやすいんだと思うんですが、実際に権力をもっているかどうかは別として、自分は女性より権力を持っているべきだ、と思っている人たちが集まりやすい環境ができたときに危険が生じるんだろうな、と思います。

 

——何らかの不満を歪んだ形で共有してしまうんですね。Twitterの件は、いまだにちょっと調べただけでもものすごい量の二次被害発言があって、無関係のわたしのような人間でも、読んでいてしんどくなるのですが、北村さんはしんどくないですか?

 

北村 結構しんどいです。3月時点よりも、そのあとの二次被害の方がどんどんひどくなって全然改善する気配がなくて。何も報道がなかった夏の頃はよかったんですけれども、その後またいろいろ報道が出てきたりして悪くなったので、その辺はしかるべき対処をしなくちゃいけないな、と思っています。

 

——北村さんはオープンレターを公開されていましたね。このオープンレターはどういう経緯で出されたんですか?

 

北村 これは、わたしが落ち込んでいたときに、知り合いの方が「オープンレターのような宣言を出したらいいんじゃないか」と提案してくださった感じです。

 

——反響はありました?

 

北村 そうですね。署名してくださる方は結構いて。ただ、これに関する誹謗中傷する方もたくさんいたんですけど。 

 

——そうなんだ。どういう非難があるんですか?

 

北村 「これは名誉毀損だ」とか、あと「これは彼を失職させるための陰謀ではないか」みたいなことを言ったりする人がいますね。まったくそういう性質のものではないんですけど。

 

——だってこれ、「加害者一人だけの問題ではありません」ということを書いたものですよね。

 

北村 そうですね。それこそボーイズクラブとか、幅広くいじめがあります、ということを書いたので。ただ、これはわりとジェンダー関係のいじめだけにしぼってしまったので、「もっと幅広く学会のハラスメントに対策を呼びかけるものを出したほうがいいんじゃないか」とおっしゃってる方はいて、それはたしかにそうだったかもしれないという気はしています。

 

——最終的に加害者が謝罪文を出して、それで直接のやりとりは止まったのですか?

 

北村 だいたいは止まっていますが、代理人を通してまだたまにやりとりがあります。

 

——加害者を許せますか?

 

北村 謝罪文を頂いた時にはこれですっきり終わりにしようと思っていたのですが、謝罪文では「わたしの投稿をご覧になった方、またこの謝罪文をご覧になった方が今後も決して北村様に対して誹謗中傷を行うようなことのないよう、ご覧になった皆様にも申し入れます」ということを約束してくださったのに、それが守られていないと感じています。二次加害は全くやんでいません。先日、シラスというプラットフォームで呉座さんが歴史に関するイベントを行うという告知があり、イベントのメンバーが今回の出来事に関して呉座さんを庇う発言を続けている方々でしたので、謝罪文での約束に反した行動、つまり視聴者の二次加害を誘発するような行動をとらないでくださいという要請の文書を送りましたが、これを呉座さんは勝手に公開しました。送付した文書を勝手に公開するというのは信義にもとる行いですし、また事情を知らない人たちからの二次加害を誘発する行動で明らかに謝罪文の趣旨に反しています。この二次加害がひどすぎてわたしはまた仕事ができなくなりました。

 

 

 

被害後も続くダメージ——被害者もマークされる社会

 

——昨年4月の文春オンラインのインタビューのときも、原稿を書けなくなってしまったとおっしゃられていましたよね。その時はどのくらいのあいだ書けなくなってしまいましたか?

 

北村 普段はわたし1日に3本とか映画見ても平気なんですけれども、5分以上あるものを見られなくなったんですよ。しょうがないから短いコントとかを見ていたのですが、4月の最初の週くらいから普通の映画も見られるようになってきたので、徐々に回復して、新学期が始まった頃には書いたりできるようになった感じです。

 

——あ、でも回復のペースも早いですね。

 

北村 はい、早かったです。

 

——わたしはいまだに詩と小説はほとんど読めないです。

 

北村 それが当たり前だと思います。ほんとにやる気がなくなるので。

 

——北村さんでも書けなくなっちゃうんだな、って思いました。事件自体へのショックへもそうなんですが、事件のあとも引きずる日常への影響というのは、ぱっと見わからないので、なかなか周りから理解が得られ難いですよね。怠慢とか甘えに見られちゃったりするじゃないですか。わたしは「責任転嫁」と言われ続けているんですが、そういう形での二次被害もありましたか?

 

北村 わたしの場合はそこまででもなくて、連載しているところから「一回くらい休んでもいいですよ」と言ってもらえたんですけど、ちょっと嫌だなと思うのは、一回そういう被害を受けるとずっと被害者として見られることですね。 

 わたしは普段はいじめとかに関係のない仕事をしているんですけども、書いたものが、あの時いじめられたことと関係あるんじゃないかと勘繰られたりとか。基本的に、日本では被害者になってもマークされる社会ですよね。なので、この後ずっと仕事にも影響があるだろうなと思います。

 

——加害者だけでなく被害者もアンタッチャブルなものとされてしまう感じがありますよね。

 

北村 あと、わたしそのあと、ハラスメントを描いた映画を分析したくなくなったんです。嫌な感じがするので。でもそういうことを求められているような気がするときもあって、でも結局やりたくないな、と思うことはあります。

 

——逆に忘れられてしまうことも悲しくないですか?

 

北村 ああ、そうですね。今回『批評の教室』を書いたのは、楽しい本を描きたいなという気持ちがあって。起きてしまったことはもうしょうがないので、3月に起きたこととは全然関係ないことをしたいなと思って書いたところがあります。そうはいっても、普段「あ、この仕事がこうなったのは3月のあれのせいだ」と思ったりすることはあります。

 

——今は完全に立ち直ったと思えますか?

 

北村 あんまり思えないですね。やはり二次被害が続いているので、そこは難しいかなと思っています。

 

——なんとかして止めたいですよね。でも北村さんの周囲にはちゃんと理解してくれている方々がいらっしゃる感じが。

 

北村 はい、幸運なことにわたしはかなり良かったと思います。

 

——わたしは被害のあと男性が怖くなっちゃったんですけど、北村さんはトラウマみたいなものはありますか?

 

北村 よかったと思うのは、大学教員って学生以外の人とそこまで密接に接しなくてもメールをちゃんと読んでいれば仕事が回るので、あんまり人に会わなくて済んだのと、それからこれはよく言ってるんですけど、わたしもとから全然友達がいないんですよ(笑)。特定の人を貶すことで結びついているようなお友達って本当に嫌だな、って思って。わたしと感情的に親しいと思っている人はあまりいないとは思うんですけど、でも、じゃあ、「あなたの言っていることは正しい」と言ってくれていう人は、「友達だから」ではなくて、ロジックで正しいと支持してくれていると思うので、友達いなくてよかったなって思います。

 

——なるほど。友達いないっておっしゃられてるけど、ちゃんと信頼関係のある人たちは周りにいらっしゃるような気がしますね。

 

北村 絶対に信頼できると思う人たちがわずかですけどいますね。

 

——そういうのが、男女関わらずシスターフッドなのかなと思って、はたから見ていました。

 

北村 はい、たくさん友達がいるよりも、信頼できる人が3、4人いるほうが大事なんだな、と思いました。

 

 

日々のミソジニーとどう戦うか——うんこは投げ返していい

 

——わたしは日常を生きているだけでも、ミソジニーに遭遇することがあまりにも多すぎて、疲れてしまいました。でも、かといって野放しにしておくのもな、と思って板挟みになるのですが……疲れません?

 

北村 疲れますけど、これってたぶん性格的な問題で、わたしみたいに活動的に怒れる人ってあんまりいないと思うんですよね(笑)。細かいことで怒ってすぐ切り替えて……ってできない人が多いじゃないですか。でもわたしみたいに瞬間的に怒ってすぐ切り替えてすぐ仕事ができるような、湯沸かし器みたいな性格の人は、あんまりいないぶん、いたらそれを活用したほうが他の人のためになるんじゃないかな、という気がして(笑)。

 

——(笑)。

 

北村 だから他の人が怒ってないことでもわたしが怒ったほうがいいんじゃないかな、というふうに考えていて、それはまあ性格だからとあきらめています(笑)。

 

——北村さんのその社会貢献的メンタリティすごいですね(笑)。Wikipediaの執筆をされているのも同じような発想からきているのですか? 

 

北村 ああ、はい。わたしは給付奨学金で留学して、それで英語ができるようになったから、ちょっとは社会還元しないとなと思って、Wikipediaははじめました。

 

——発想が至極まっとうですよね。

 

北村 ありがとうございます(笑)。

 

——さっきの言い返す/返さない問題で、わたしの場合、他人からあまりにもひどいことを言われたとき、言い返す気がなくなっちゃうんですよ。以前、村上春樹が、スティーブン・キングの「うんこ投げ競争の優勝者は、手が一番汚れてない人間だ」という言葉を紹介していて、それが頭によぎっちゃうんですね。あんまり言いすぎたら自分もダークサイドに身を落としてしまうかもしれない……みたいな感覚があったんですけど、でも、それってトーンポリシングですかね。

 

北村 そうですね。でもスティーブン・キングって結構言い返す人ですよね。

 

——あれ?? 投げ返してんのかな(笑)。

 あと、わたしはブチ切れちゃうと自分の中の暴力に歯止めがきかなくなってしまうことへの恐怖もあって、自分でなるべくスイッチを入れないようにしているんですけど、そういうコントロールはできますか?

 

北村 そうですね。シェイクスピアの翻訳をしてると、罵り言葉ばかりなので(笑)、口汚い罵り言葉とかいくらでも思いつくんですけど、全部は言わないようにはしているのと、大学教員として何をどこで言うかみたいな教育はちゃんと受けてきた気がするので、その辺は職業的なことなのかな、と思ったりもしますね。

 

——Twitterだと歯止めが効かなくなる時とかはありますか?

 

北村 どっちかというと、バンっとリミッターが外れるのは、すごく作品が気に入らなかったりするときです。『スターウォーズ』のエピソード9を見たあとは結構リミッターが外れたんですけど(笑)。 

 

——そこなんだ(笑)。

 

 

対処法は人それぞれ——性差別を可視化する

 

——ミソジニー的なものへの対応の仕方として、本人にいちいち指摘したほうがいい、とは思うんですけど、男性に指摘すると急にブチ切れられたりすることがあまりにも多くて、怖くなってしまいました。本人に言い返してもたいてい変わらないし。

 なので、わたしは最近はひどいこと言われるようなことがあったら、友達と共有して笑い飛ばしたり、一緒に反論を考えたり、ということをやってます。(*参照 加害者の言いわけ集

 

北村 イギリスでも、エブリデイ・セクシズム・プロジェクトっていうのをやっている人がいて、みんなが言われた小さな性差別的発言とかをひたすらフォームに報告してもらってちょっとずつためるんですよ。英語では書籍化もされたんです。

 

 

北村 それもたぶん、気に入らないことを小さくてもいいから友達とシェアするという発想から作られたものだと思うんです。1個1個は大したことじゃないんですよ。工事現場で口笛を吹かれたとか、バス停で不愉快なことを言われたみたいなことなんですけど、それが100件くらい集まると結構繋がってくるんですよ。そういうふうに性差別を可視化するというプロジェクトも、もともとは情報をシェアするという発想だったと思うんですけど、それをもっとアーカイブする方向に発展したものだと思います。

 

——加害者と直接やりあうのは疲れるので、被害者同士で共有できる情報をどんどん可視化していくという方向にエネルギーを使うというのもいいのかもしれませんね。

 セクハラや誹謗中傷などの被害にあった方にアドバイスはありますか? 

 

北村 これ、言うべきかわからないんですけど、わたしみたいな性格でなければ、すぐに怒ってやりかえすのは勧めないです(笑)。

 

——(笑)。

 

北村 どういうふうに対処すべきかって人によって全然違うと思うんですよ。すぐに怒ってやり返した方がいい人もいれば、怒ってやり返すと、かえって溜まって嫌な気持ちになる人もいるかもしれないので、「怒ってやり返せない自分はダメだ」とか思わなくていいと思うんですよね。自分の性格に合ったペースで対処しないと辛くなるので、それが大事だと思います。

 

 

→その3 女の子が死にたくなる前に