2023年の締めくくりとして、本会の活動報告をお送りいたします。

     

目次

1.訴訟の進行等について

2.伊藤比呂美氏による二次加害の重さについて

3.情報発信のあり方についての反省

4.上半期事業報告

5.今後の活動予定と、支援金の用途、寄付のお願い

     

     

1.訴訟の進行等について

     

深沢レナさんが原告となり、早稲田大学と元教授の文芸批評家を相手取ってなされたセクシュアル・ハラスメント訴訟は、現在、東京高等裁判所にて控訴審が行われています。控訴審では、元教授によるハラスメントは“たった一度”の加害行為などではなく、社会的地位や関係性を利用して段階的に被害者を囲い込んでいく「エントラップメント型」の性加害であった事実が認められるかどうかが、主な争点となっています。

控訴審に際し、原告は以下の書面および証拠を提出しました。

控訴理由書

控訴理由補充書

・性被害理論の専門家による意見書(非公開)

・医師による診断書(深沢さんが本件によって抑うつ状態にあることを示す証拠・非公開)

内田樹『街場の成熟論』内田氏による本件の分析)

内田樹『内田樹と三砂ちづるの往復書簡』(内田氏による本件の分析)

10月26日の裁判期日をもって、裁判は結審しました。控訴審判決は、2024年2月22日に予定されています。

     

     

本来なら、控訴審では、在学時の深沢さんの様子をよく知る教員側からの陳述書を新たな証拠として加えたい、と考えていました。

以前、2名の教員に陳述書の協力を依頼してみたものの断られてしまった経緯については、「現代文芸コース教員2名とのメール」という記事で公開しています。

本年4月6日の一審判決が、私たちにとって形ばかりの勝訴でしかなかったのは、判決文には一連の出来事の実態とはかけ離れた記述が多く、ハラスメントをめぐる不適切な解釈や、誤った認識が示されていたからです。

     

具体的には、

1)入試の段階で、希望もしていない指導教授による批評のゼミに入れられ、入学前からの聴講を強いられたことの異常さ。罵倒と依怙贔屓を通じての精神的支配。身体的接触、性的な冗談、二人きりの食事から、極めつけは「俺の女になれ」にまでいたる発言。それらは明らかに、大学教授という立場の権力性を利用しての、長期にわたる意図的な囲い込みであって、エントラップメント型加害の典型的手口です。それにもかかわらず、判決文は、つねに個々の出来事を分離・抽出して解釈し、「これこれの行為に関しては違法というまでには当たらない」といった判断を下すことで、全体としての継続した加害行為(精神的侮辱)の深刻さを無毒化し、免罪してしまっています。

     

2)年長の加害者(教授)と年少の被害者(学生)には、社会的地位の面でも性差の面でも、明らかに力の不均衡があります。その事実(関係の非対称性)への考慮が、判決文には見られません。大学院のゼミという閉鎖的空間で、教授の裁量いかんで将来の可能性まで左右されやすい学生にとって、周囲に被害を訴えたり相談したりすることはきわめて困難です。判決文は被害者の振る舞いや行為をたんなる事実として表面的になぞるばかりで、最終的に退学にまで追い詰められざるをえなかった被害者の心情に共感を及ぼす人間的な力を欠いています。退学の理由を、語学科目の不充分な単位取得の問題にすり替えるような大学側の論理、そしてそれを採用した判決文は、原告の名誉をさらに辱めるものですらあります。退学の理由がハラスメントであったことが認められなければなりません。     

     

3)判決文には、ハラスメント問題への対応における、大学組織側の機能不全についての認識が不足しています。大学および教員たちの側には、名物教授であった加害者への追従や忖度があり、ハラスメントを極力秘密事項にし矮小化しようとする圧力が働いたことで、その後も直接・間接に、被害者に対する二次加害が継続することになりました。判決文でも、大学側の主張は根拠なしに採用されている一方で、被害者に対して厳しい事実認定がなされている点が多いのはなぜなのか、不可解です。それらの是正を求めています。

     

そして、一審判決が以上のような中身になった原因には、裁判の過程で、教員たちからの協力がまったく得られなかったことも大きく関係していたはずです。

     

深沢さんは、いざ地裁でそれなりの結果が出たら、教員たちの側から何らかの協力(とくにハラスメントに関する情報提供)を申し出てくれる方がいるかもしれない……と期待していました。ところが、原告勝訴のニュースが新聞やテレビで大きく報道されても、かつては友好的に接してくれてもいた教員たちからの反応は、皆無でした。依然として、皆が一様に口をつぐみ、労いの言葉も、謝罪の言葉もやってはきませんでした。記者会見と報道後の精神的プレッシャーの中、控訴するかしないかを決めなければならない日々のなかで、この孤立無援状態は深刻でした。

     

数日後(4月11日)、深沢さんがTwitter上にそれら教員たちの実名を(一時的に)書き込み、教員たちや世の中の見解を求めようとしたことは、自身が名誉毀損の対象にもなりうるリスクすら半分覚悟したうえでの、極限的な失望によるものでした。深沢さん自身、昨年来、自身の名前も顔も出して、公的に活動していたからです。

     

書き込み前後には、元教員の佐々木敦氏と津田大介氏だけからは反応があり、それぞれ、メールでのやりとりも行いました。

     

佐々木氏は判決の報道直後、Twitterにて、自身がずっと深沢さんの側に立っていたという意味のことを表明されましたが、それはいわば個人的な親しみを吐露した釈明のようなものになっていて、裁判の過程ではずっと沈黙しておられ、何か積極的に協力の手を差し伸べてくださったわけではありません。

     

津田氏のほうは、深沢さんによる実名ツイート後にいちはやく反応し、4月14日付の動画番組「ポリタスTV」にて裁判の結果を報じるとともに、ご自身の事情を説明する努力をしてくださいましたが、もともとのハラスメント問題露見直後の頃(2017年5月)の学内での経緯や、18年6月の『プレジデント』による取材以降のさまざまな複雑な問題をめぐる認識の行き違いがわだかまりとなっており、認識の共有には至れていません。深沢さんのいくつかのツイートが、津田氏の信用を毀損する効果をもったことなど、会としても反省すべき点はあります。ただ、上記の2018年の『プレジデント』取材直後も、2019年の提訴から現在にいたるまでも、それなりに当時の学内事情をご存じであったと思われる津田氏のような影響力のある方から助力を得られなかったことは、たとえご多忙や公的な事情が原因であったとしても、残念なことでした。深沢さんは、教員のみなさんに対して、本当に切実に協力を求めていました。津田氏は、「支援してほしい、相談に乗ってもらいたい」という連絡があれば、自分は協力したはずだ、そうしなかったのは、被害者本人が望んでいないのに支援を申し出るのは二次加害につながりかねないという認識があるからだ、と仰いました。この考え方は、部分的には理解できる反面、傍観者であることのエクスキューズにもなりえます。深沢さんによるツイートそれ自体が、そうせざるをえないほど追い詰められた支援の要請であることに、どうか思いを及ばせていただきたかったと思います。「ポリタスTV」のように、社会的信用も人気もあるメディアに何通かクレームがやってきて、数名の解約者が出るなどの「被害」と、信頼していた教員の誰からも支援されずに、6年もの間、ほぼ一人で耐えている深沢さんの「被害」と、同列に比べられるものでしょうか。私たちは何通かのメールにて、控訴審へのご協力の依頼を続けましたが、他の仕事で手が回らないため待ってほしいという回答のあと、返信のない状態で対話はストップしています。

(メールのやりとりのなかで津田氏が削除するよう求めていたツイートおよび、ポリタスTVの信用を毀損しうるツイートは、本「活動報告」の作成過程で削除したことをご報告します。)

     

上記のお二人はやや事情が異なるとして、それ以外の教員たちからの反応がなかったのは、深沢さんの裁判に協力することが、組織に属する人間にとって社会的リスクとして残り続けていることを意味しているように思われます。これまで深沢さんの裁判に証人として、または文書執筆のかたちで協力してくれたのは、数名の元学生と知人、ハラスメント・性被害についての外部の専門家たちのみです。教員たちは、大学や同僚たちとの関係性から、かつての学生に対する協力ができない状況になっている模様ですが、助けることができる情報をもっていながら、現実の被害者には手を差し伸べず、結果的に学生に自助努力を強い、突き放すだけになっている状況です。現代文芸コースの教員お二人のように、たとえ「すべてがよい方向に進むことを、強く願って」くださっていても、その間に、大きな組織と戦う被害者は孤独のなかで消耗し、潰されてしまうのです。たんに規則だから、大学から口外しないように言われているから、沈黙せざるをえないのでしょうか。仮に内心では学生の味方でありたいと思っていたとしても、職場の方針で個人としての発言ができなくなっているのだとしたら、それ自体が教育現場として不健全です。学生が安心して学習する権利や未来を奪っておきながら、その被害者に対して裁判で二次加害を続けるような学内環境で教育活動を続けるのは、どうしても正常とはいえないと思わずにいられません。

     

したがって、深沢さんが教員たちからのサポートを受けられない状況は奇妙であり、グロテスクでもあります。結果的に、深沢さんはずっと孤立無援に打ち棄てられ、早大の教員たちが多くかかわっている日本の文芸業界ともかかわりを持てなくなりました。大学は何よりも、人間性が尊重され、個が自由に発言できる場であるべきです。控訴審のなかで大学は、授業中の被告による、特定の文筆家たちに対する「死ね」などといった明らかな暴言を、「学問の自由」を盾に正当化するような驚くべき主張をしています。教授の「学問の自由」は守られるというのに、学生の学問の自由が教員や大学によって奪われた事実にはどうして目を閉ざしていられるのでしょう。現在の同大学のハラスメントをめぐる環境は、本裁判の進行につれ、現場では改善されつつあるのかもしれませんが、そのような結果がもたらされたのは、深沢さん個人のこの数年間の努力によるところが大きかったはずです。その一方で、深沢さん自身はサポートも被害救済も何もないまま放置されており、学ぶ場を失った代償を、ずっと自分自身で埋めていかなければならないのです。

     

本件に関心をもってくださる方々には、たんに判決の結果のみならず、ハラスメントの告発者の周囲には実際に何が起こるのか、告発者に対して組織がいかに距離を取り、冷たく突き放すのか、被害当事者にはどんな困難がもたらされるのかについて、いま一度考えていただければ幸いです。

     

     

2.伊藤比呂美氏による二次加害の重さについて

     

4月11日の深沢さんによる実名ツイートの翌日から13日にかけて、元教員であった伊藤比呂美氏がご自身のTwitterにて、深沢さんの人格や社会的信用を大きく損なうような書き込みを行ったことは、一連の動きのなかで最も深刻なダメージとなりました。その経緯は、以下の記事にまとめられています。

      

伊藤比呂美氏への要望書——第一審判決後10日間の出来事の報告とともに

伊藤比呂美氏の二次加害ツイートにかんする記録

      

伊藤氏は深沢さんにとっても、その作品を敬愛していた文学者の先輩の一人であり、フェミニスト詩人の代表的な存在でした。たとえ伊藤氏の(「助太刀いたす」という)ツイートが、友人である早稲田の教員の立場を守りたいという、義侠心からの書き込みであったのだとしても、「彼女(=深沢さん)の言い分はすべてが事実ではない」という発言は、文意も不明瞭で、言いっぱなしの、無根拠な、あまりにも軽すぎるものでした。多くの方々から伊藤氏への批判が生じたなかで、伊藤氏は当該ツイートをただちに削除されましたが、自著の宣伝を含めるなど、終始冗談めかしたニュアンスがありました。私たちの会は依然として、この発言についての説明と撤回、謝罪を求めています(返答はいまだにないままです)。あたかも、深沢さんが嘘つきであるか、信用に足らない人間であって、大学や教員たちこそが被害者であるかのような印象を植えつける行為には、権力関係の非対称性を故意に転倒させる、たんなる修辞ではすまない暴力が含まれているからです。

     

本件の解決に向けて、詩歌の業界のフェミニストや周囲の方々にも助力を求めましたが、残念ながら、根本的な行動を起こしてはいただけませんでした。みなさんともに、親交のある伊藤氏に対していくらかの諫言はしてくださったものの、そこから公式な謝罪が引き出されることはなく、深沢さんに対しては、伊藤氏にも謝罪の意思がないわけではないようだと諭しながら、結果として理解を示すのみにとどまる対応が続きました。許されてはならない行為がうやむやにされてしまうだけでなく、信頼していた方々が一緒に声を上げて闘ってくれないことは、最も苦しく、悲しいことの一つです。

     

普段は「女性たちの連帯」「シスターフッド」を大事にしよう、ハラスメントをなくそうと発言している人たちであっても、いざ自身の近いところで加害行為が起こったとき、相手が顔見知りの権威のある年配の人物だと、ただちになすべきことが回避されたり、男性社会的な忖度と同じように黙過されてしまうことに、大きな疲弊を覚えずにはいられませんでした。弱い立場の被害者に対して、いつでも礼儀正しく振る舞う(わきまえる)ようなことを求めるのは、被害者が立場上、下手(したて)に出なくてはならない風潮にもつながっています。私たちのケースだけでなく、社会運動における女性たちの連帯の失敗は、駆け込み寺的な支援団体が十分に存在しない日本では深刻です。身近な支援者が切り崩され、失われてしまうことは大きな痛手で、今後も考えていかなければならない問題です。

     

     

     

3.情報発信のあり方についての反省

     

判決前後のいろいろな出来事をうけて、会の情報発信のあり方について見直しを行いました。

TVや新聞で判決や記者会見の様子が大きく取り上げられた結果、会のTwitterのフォロワー数が大きく増えました。深沢さんのツイートに共感し、ともに声をあげてくださるたくさんの方がいた一方で、事態の全貌を把握しない方から深沢さんの言動をたしなめるような声が届くこともありました。ここでも、礼儀正しい「被害者像」の押しつけが行われていたと言えます。深沢さんは精神的に疲弊しつつ、そのような声にも正面から向き合い続けていましたが、まもなくTwitter上でのやりとりに限界を覚え、運動のあり方をいま一度考え直すことにしました。会としても、深沢さん個人の自由な表現を最大限尊重したことで、ときに見知らぬ人たちからの非難の矢面に立たせるかたちとなってしまったことの反省がありました。

     

そうした経緯をへて、情報発信のあり方を再考した結果、重要な事柄として確認したのは以下のことでした。

  • シングルイシューではなく、交差的(インターセクショナル)な運動を実践すること。大学におけるハラスメントや性暴力に限らない運動の必要性。
  • 顔が見える相手とのコミュニケーションを大切にすること。
  • 文章表現によらない発信方法の必要性。生身の人間が発信していることをちゃんと見せること。

今期の活動では、後述する「性暴力・ハラスメント被害者ネットワーク」やYoutube「看過channel」の実施において、上記を実践しています。

     

     

     

4.上半期事業報告     

     

◉性暴力・ハラスメント被害者ネットワークづくりの試み

第一審判決の前後の時期にかけては、性暴力・ハラスメント被害者ネットワークづくりの試みも実施しました。

過去に性被害やハラスメントを受けたことをSNSなどで公表している被害当事者のみなさんに声をかけ、半年にわたって全6回、Zoomでのミーティングを開催しました。

ミーティングでは、参加者の方々それぞれの経験のなかで獲得してきたもの(法的な手続きの方法、精神的につらいときのセルフケアの方法、勇気づけられる映画やマンガなど)の情報共有を行いました。

ミーティングの実施にあたっては、性暴力・ハラスメントの被害当事者同士が安全にコミュニケーションを行うためのグラウンドルールを作成しました。

⇒「性暴力・ハラスメント被害者ネットワークの報告&グラウンドルール

     

     

◉「看過channel」開設

7月には、YouTubeチャンネル「看過channel」をはじめました。文章によらない表現の方法を模索するなかで、従来のインタビューに加えて、動画を公開することにしました。動画という媒体を選んだのは、深沢さんが重度の鬱症状にあったとき、文字が読めず、動画しか見られない状況にあり、YouTubeが支えとなっていたためです。同じような困難な状況にある人でも、学べる場を作りたいという思いがありました。

     

第1回「振返り座談会——自分たちの支援・運動のあり方をいまいちど考える——」 (7月17日配信)

ゲスト:栗田隆子さん(文筆家)

第2回「被害者とセルフケア——刑事事件の被害者と民事事件の被害者の2人で語り合いました。(8月5日配信)

ゲスト:卜田素代香さん(性暴力被害者支援情報プラットホーム THYME代表)

     

     

     

◉動物問題をめぐる発信の開始

性暴力の根底には、人間による他者の暴力的支配の問題があり、それと構造的に大いに似た関係にあるものとして、人間による他の動物の搾取があります。

性暴力の被害者も、動物も、「声」をあげているにもかかわらず、この社会では、その「声」を聞かなくてよいものであるかのようにみなされてしまっています。

そのため、人権の問題を考えるにあたっては動物の権利と尊厳の問題からも目をそらすことができないという認識のもと、生田武志さん──女性や動物と同じく、見て見ぬふりされる存在である野宿者(ホームレス)の方々の支援を長年なさっている──と栗田隆子さんをレギュラーゲストに連続座談会をスタートし、より多面的に構造的暴力について考察しています。

      

「動物問題連続座談会第1回 動物から考える社会運動―なぜわたしたちはハラスメント運動/野宿者支援をしながら動物の運動をするのか?」(10月19日配信)

「動物問題連続座談会第2回 動物から考える日本の暴力構造 ゲスト:アニマルライツセンター」(12月8日〜配信)

     

     

     

5.今後の活動予定と、支援金の用途、寄付のお願い

     

2024年もひきつづき、控訴審判決への対応と、情報公開を続けます。

2月22日の判決後には、一審と同様、記者会見を行う予定です。原告の思いに真摯に向き合ってくださる取材や報道を、歓迎しています。

動物問題に関する連続座談会や、関連イベントも随時企画し、継続していきます。

なお、本会は、活動に共感を寄せてくださる方々からの支援金を原資として運営しており、皆様のご支援が不可欠です。

裁判費用、取材費など、会の継続的運営に必要な経費に使用させていただいています。

深沢さんは、精力的に活動を続けているように見えても、深刻な鬱症状とずっと戦い続けています。カウンセリング代などの医療費にも充てることができます。

ちなみに本会はいま、代表の深沢さんのほか、副代表の関さんと2〜3名の支援者で活動しています。

本会の趣旨に賛同をいただける皆様のご支援を、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

     

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